『日本』平成29年3月号

国民医療費対策と地域医療構想の展望

夏秋正文

地域医療機能推進機構伊万里松浦病院医師

 国民皆保険制度は、日本国民の長寿社会の実現に大きな貢献をしている。しかし、高齢化社会における医療費の増大とその活用が、健康保険財源の減少と国庫税負担の増大をもたらし、年金問題と共に日本国家の財政赤字の主要要因となっている。このような見地より財務省は、国民医療費の増加を含む総保健医療支出の総額の伸び率を抑制し、年金給付も将来的に抑制する方針を進めている。超高齢化社会では、国民医療費の伸びと年金給付は必然的に増大するため、財政運営上は意図的に抑制せざるを得ない状況にある。国民皆保険制度の維持が可能かどうか、まず国民医療費から見た地域医療構想について検討して行きたい。

一 総保健医療支出の考え方

 従来の国民総医療費として算定する指標となるのは、急性期や慢性期の医療のための診断や、治療に要する外来や入院費用などに限定され、介護の費用などは除外されていた。国民の健康を総合的に維持するための費用算出の指標として、経済開発協力機構(OECD)により総保健医療支出という考え方が導入されている。

 従来の医療費に加えて予防医学のための健康診断事業、慢性期の患者のための療養病床入院費用、長期療養のための介護費用などが考慮されており、医療と介護及び予防医学などが包括的に算定され国民医療保健を客観的に評価することが出来る。

 長期療養や予防保健の費用を除外して算出した従来の平成二十六年の統計では、我が国の総医療保健支出の国民総生産に対する比は、先進国の国際比較では上位八番目であった。しかるに同二十七年の統計では長期療養などの費用も算定されるように日本の基準が見直され、国際比較の上位三番目に上がり、日本は国民総医療保健の高い国として認識されるようになった(日本総合研究所の資料)。超高齢者が多数を占める日本社会では、医療や長期療養介護に要する費用が多額であることは止むを得ないが、総支出が適正かどうか検証する必要がある。財政赤字のままこの実態が持続すれば、国民皆保険制度の運用にも綻びが出てくる。

二 地域医療構想

 団塊の世代のすべての人が七十五歳以上となる二〇二五年までに日本の高齢化は世界に先んじて急速に進み、二〇三〇年にピークを迎えると言われている。このピークを乗り切るには、現在の医療介護供給体制では病床及び介護施設の不足が指摘されている。一方、このピーク時の医療介護供給体制を満足させるためには、莫大な費用が必要となり、医療費適正化のための種々の提案が厚生労働省により行われている。

 その提案の一つが地域医療構想であり、病床数を実働している病床に限定し、必要病床数を都道府県に算定報告させる方向で進んでいる。現在、全国の病床数百三十七万床に対して、二〇二五年には、百十七万床位の必要病床数に削減し、高齢者施設や高齢者住宅を増やし、いわゆる在宅医療や居宅医療を充実させようとする地域医療計画が提示されている。在宅医療介護の要の役割として訪問看護師による患者宅への訪問、訪問リハビリ、また介護老人保健施設の活用など、地域で包括的に機能する医療と介護の連携が進められている。

 地域の医療は、人口に応じた医師数や病床数が過不足なく、バランスが取れていることが求められる。現実的には各県に存在する医療圏毎に基準病床数が定められており、病床過剰地域と病床過少地域が混在している。過剰地域では基準病床数範囲内に減らし、過少地域では基準病床数まで増やすなど、各県毎の保健医療計画が策定されている。

 また超高齢化社会では、急性期医療の必要性よりも回復期病床や介護施設などの必要性が高まるため、医療施設の病床から介護施設へ転換する需要が高まっている。国の策定した地域医療計画では、超急性期の医療病床と慢性期療養病床が過剰と考えられ、回復期リハビリ病床と地域包括ケア病床を増やし、総病床数は減らす計画が立案されている。その具体的実行は都道府県に委任されている。

 国民総医療費に影響を与えるのは、総病床数と総医薬品代と言われて、病床数と共に医薬品費用を抑制することが国民皆保険制度の維持に必要と考えられる。反面、生命に直結する救急医療などは、各医療圏にまず充足すべき必須要件であり、地域格差のないように整備すべきとの認識は共有されている。

三 医薬品代が国民医療費に占める割合

 薬事工業生産動態統計(平成二十五年)によると、日本全体の医薬品の出荷額は九兆八千億円と国民医療費の二四・五パーセントを占め、この十年急速に伸びており輸入医薬品も増加している。この中で薬局調剤が医療費の一七パーセントを占めており、医薬品代の抑制が早急の課題となっている。

 そのような状況下において、先発品と同様の薬理効果を有し、安価である後発医薬品の導入が、健康保険の保険者により積極的に推奨されている。後発医薬品は十分な治験が施行されていないこともあり、安全面では百パーセントの保証が得られない不安が残されている。また医療現場では先発品と後発品が入り乱れ、混乱の一因となっている。

 医薬品開発の長足の進歩により、癌の治療効果なども進歩しているが、保険財源を侵食する負の効果も出ている。当初の発売時には、悪性黒色腫に保険適応が限定されていたオプジーボという医薬品は、免疫療法による良好な治療効果があることが分かり、やがて非小細胞肺癌や腎細胞癌への治療効果が高いことが判明し、保険適応が拡大され使用頻度が増加してきた。年間一人三千五百万円という膨大な医薬品代は、保険財政を圧迫するため、早急な薬価の引き下げという異例な事態となっている。

 この医薬品は日本が独自に開発した世界に誇るべき薬品であり、膨大な研究開発費に見合う薬価が設定されており、今回の薬価の引き下げは、日本の医薬品開発の情熱に水を差す結果となった。医薬品開発は世界市場への展開も期待出来るため、当初の薬価の設定には慎重な対応が必要とされる。高額医薬品については保険適応外医薬品として、一部混合診療を認めるなど特別の配慮が必要と思われる。今後、日本の開発した医薬品が、世界に認定される土壌作りが求められている。

四 医療機関の経営

 医療機関の経営は、主として診療報酬によって成り立っているため、二年ごとの診療報酬改定が注目される。国民医療費の財源として健康保険料、国庫税負担金、自己負担金などが挙げられるが、今回の消費税の引き上げの延期により、財源不足のため診療報酬は抑制の方向へ向かっている。医薬品や医療機器などの国民医療費に占める割合が大きく、診察料などは据え置かれている。

 自治体病院や一部の国公立病院の赤字経営は、日本の医療の存続にも不安を提起している。各地方自治体に設置されている市町村自治体病院の約六割は、多額の交付金の補助があるにもかかわらず赤字経営となっており自治体の一般財源より補填(ほてん)されている。ひいては自治体の運営予算にも深刻な影響が出ている。自治体病院を民間医療機関へ譲渡するなどの事例が出ている。

 医療機関の経営の問題点は、労働集約型で多くの職員を必要とするため、人件費率が五〇パーセントを超えるなど課題が多い。特に自治体病院は公務員としての身分のため、給与を含む公務員改革が同時に必要とされる。また病院建設費なども高額に設定されやすく、病院経営の赤字の要因となっている。自治体病院を含む医療機関の経営の健全化が、地域医療構想の中で重要な懸案となっている。消費税の適正な設定が、国民の健康のみならず自治体病院や民間病院などの健全経営にも寄与すると考えられる。

五 健康寿命の延伸と予防医学の徹底

 高齢化社会の到来と医療の進歩により、国民医療費が増大しており、健康保険の財源の確保が重要な課題となっている。国民医療費の伸びをどのように抑制し、健康寿命をいかに延伸させるかは、国民一人一人の自覚も大切である。癌疾患や脳血管疾患、認知症などの罹患(りかん)率を減少させるには、予防医学を徹底させることによる健康診断の受診率を上げることも肝要である。地域全体の住民の健康志向が高まり、食生活の改善や運動の励行など医薬品に頼り過ぎない方策が必須となる。

 日本の癌の罹患率は高い傾向にあり、また循環器疾患なども増加している。癌対策基本法(平成十八年)や脳卒中・循環器病対策基本法(予定)、世界一のスピードで進む高齢者への医療介護総合確保推進法(地域医療構想)などを国家的に取り組むことにより、医療における国際貢献も日本の使命となっ

ている。

 生命健康の安全保障は国家国民の発展の基本であり、地域医療構想を土台とした国民皆保険制度の堅持が、健康長寿優良国として日本の医療の命運を決める鍵となると考える。