『日本』平成29年5月号

我が国の現状はこれで良いのか―緊迫する東アジア情勢と国民の自覚―

永江太郎

日本学協会常務理事

 今春は、内外に話題性の高いニュースが続いた。特に極東アジアは、北朝鮮の瀬戸際外交によって武力紛争の危機をはらむ国際的緊迫が高まっている。日本人は、最後はどちらかが折れて収まるとの見方をする傾向があるが、北鮮は国家の命運を賭けて一触即発の危険を冒してまでギリギリの外交戦を展開しているのだという認識に欠けている。北鮮が核ミサイルの開発に執念を燃やす目的は米国と思われているが、真の目標は中国ではあるまいか。傲慢な中国に対する屈辱感と怨念の深さ、そして何とか抜け出したいという思いは、我々には理解できないであろう。そのため、最近は中国も持て余しているのではないか、中国の説得に過大な期待を持つべきではあるまい。

 一方、欧米人、特に米国人は違う、むしろ戦う口実を探している。北鮮が米国本土まで届くミサイルを開発したと豪語した時、最も敏感に反応したのは米国のトランプ大統領であった。かくして、朝鮮半島危機は一挙に高まった。本格的危機はまだであろうが、北鮮の独立願望が強ければ強いほど、韓国との武力紛争や日本への挑発行為は増える可能性が高い。我々日本にその備えはあるのか。

 国会で、森友学園問題が紛糾している最中の三月六日、北朝鮮は四発のミサイルを発射、一千キロ以上を飛んで秋田沖の排他的経済水域(EEZ)に落下した。車載ミサイルの発射の様子は、北鮮のテレビで公開され、十八日には高出力ロケットエンジンの地上燃焼試験に成功したとテレビで発表した。これらのミサイルが日本本土にまで飛来した場合、現在のミサイル防衛(MD)体制で対応できるのであろうか。MDは我が国にとって当面の急務となった。

 同十八日に北京を訪問した米国のティラーソン国務長官は、王毅外相との会談で「朝鮮半島情勢の緊張は、極めて高く、かなり危険なレベルに達しているとの認識を米中が共有している」と述べた。北鮮の脅威に直接さらされている韓国は、既に前政権下で高高度ミサイル防衛システム(THAAD)導入を決定していたが、問題は韓国国民の意識であろう。親北反米の旗印を掲げ朴大統領の弾劾推進運動の中核であった全国民主労働組合総連盟(民主労総)が、THAAD配備に反対することは当然としても、新大統領の最有力候補である文在寅氏が、同じ主張をして国民の半数の支持を得ているのである。

 韓国の安全を考えれば、最新かつ最も有力なミサイル防衛システムであるTHAADを導入するのは当然であり、韓国人自身が自らの安全を守るための防衛力強化に反対するのは何故か。完全な自己矛盾である。

 しかも、「THAAD」はミサイルの攻撃に対する防御兵器であって攻撃兵器ではない。にもかかわらず、韓国や日本の配備に最も強烈に反対しているのは中国で、韓国には旅行者の韓国旅行禁止という嫌がらせまでやっている。日本でも「THAAD」配備反対運動は既に始まっているので、国会審議が容易でないことは今から予測できるが、その黒幕が中国である事は明らかであろう。

 奇しくも、三月四日には中国の国防費が、前年度より七%増の一七兆二千億円になると発表された。これは我が国の防衛費(五兆一千余億円)の三倍以上で、我が国の場合は、人件費が二兆一千六百億円、装備品の維持費が約一兆一千億円であり、新規の装備品購入の予算は八千四百億円に過ぎない。これでは、一基で一千億円を超すTHAADの購入は出来ない。

 もう一つ、絶対に忘れてはならない重大問題は、中国が日本との武力紛争を望んでいる事である。昨年度の自衛隊機によるスクランブル件数は、過去最大の一、 一六八回を数へ、中国機には八五一回に達した。それ以上に深刻な問題は、起こり得る偶発的事件の発生を防止するための「海空連絡システム」の構成を、中国は頑(かたく)なに拒否している事実である。これは、彼らの望む時期と場所で、いつでも日本に武力発動ができる口実を持ちたいという意図の表明である。何度も指摘している通り、我々が最も警戒すべき国は反日国家中国であるが、我が国の防衛力の実態は、中国はもちろん北朝鮮のミサイル攻撃にすら対応できないほど弱体である。

 慨嘆に耐えないのは、このような緊迫した国際情勢にもかかわらず、国権の最高機関として、法律や予算の審議などを通じて国家、国民の安全を守るという基本的な責務を果たすべき国会が、枝葉末節の森友問題などに執着して不毛の論戦に明け暮れている姿である。これでは、韓国の政情をあざ笑う資格はない。その意味では、去る三月二十九日に自民党安全保障調査会が、国防部会との合同会議で、ミサイル防衛強化のために、日本への攻撃を意図するミサイル基地などを攻撃する能力の保有やTHAAD導入の早期検討を求める提言をしたのは評価できる。しかし、遅きに失していると言って良い。何故なら、今から準備を開始しても、THAADを含むMD体制が概成して、実働するまでには早くて十年は掛かるからである。

 それまでは、我が国の防衛は日米同盟に依存する外ないのであるが、最前線の沖縄では辺野古移転反対などの反米運動が執拗に繰り返されている。

 最後に触れて置きたい問題が、森友学園である。理事長の籠池泰典氏が、安倍晋三首相の名を騙(かた)って寄付金を集め、小学校設立の認可や補助金詐取のために偽の見積書を作成・提出した行為などは、どこにでもある犯罪行為で国政で論ずる必要はない。

 日本の再建のためには、幼児教育の段階から教育勅語の精神で礼儀正しい子供を育てる事が必要であるという籠池泰典氏の教育方針には、多くの人が賛同し応援をした。寄付者の一人が言ったように、騙(だま)されたのである。籠池氏の実像は、教育勅語とは全く無縁の詐欺師、教育詐欺だったのである。

 見逃せないのは、野党やマスコミが、詐欺師の人格と教育勅語を同列に置いて教育勅語批判の論陣を張った事である。教育基本法違反とか、「忠」や「一旦緩急あれば」の文言は憲法の精神に反するという的外れの主張をして非難している。「忠(忠誠心)」の批判は、我が国が建国から今日まで君民一体の国柄であるという歴史を無視している。我が国は共和国ではなく立憲君主国である。天皇、皇帝、国王などの呼称は君主であって、いずれの国でも「陛下」の尊称を受けて三権の長の上位にある。占領憲法下の我が国も同じで、内閣総理大臣以下の閣僚や大公使を任命するのは、天皇の国事行為である。法治国家である我が国では、法律は全て国会で審議・採決された後、日本国の象徴たる天皇の名において公布され、初めて効力を発揮するのである。国家・国民を守るべき自衛隊の責務と行動を律しているのは、天皇の名で公布された自衛隊法である。

 さらに見落としてならないのは、皇室が国民の圧倒的多数から崇敬されているという現実である。

 「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」の一文も同じで、国家の財政を支える納税と安全を守る兵役は、国民の基本的義務である。国防は国民の責務であるという自覚が、今の日本人には完全に欠落している。日本の国と国民を守るのは日本人自身である。自ら守らずして、誰が我が国を守るのか。

 最後に、教育勅語は、昭和二十三年の国会決議で廃止されたと主張する人々もいるが、それは形式論で、当時の国会では議員の自由な発議は許されず、占領軍の命令を立法化するだけの存在であった事を意図的に隠している。