『日本』平成29年11月号

改憲議論、原発再稼働が託された総選挙結果

宮地  忍 元名古屋文理大学教授

 十月総選挙の結果は、自民党二百八十四議席(六一%、追加公認を含む)の圧勝で、安倍晋三首相による自民・公明党体制の継続が承認されることになった。十一月五日にはドナルド・トランプ米大統領が初来日する。躍動感にはまだ遠い経済、狂気をはらむ北朝鮮の核・弾道ミサイル実験、中国の独裁強化など内外に課題を抱えるが、平成三十一年と見られる天皇陛下のご譲位・改元、翌年のオリンピック・パラリンピック――と、議員の任期中には大催事が予定されている。政治の安定は確保され、株価も、投票日前から戦後最長の十六日連続高騰を記録した。日本は、穏やかに堂々と進もう。

歓迎すべき民進党の解体、左派排除

 自民・公明党体制の静かなる安定は、低い投票率でも逆説的に表現された。投票率五三・六八%は、前回の平成二十六年総選挙の小選挙区投票率を一・〇二ポイント上回ったが、戦後二番目の低さだった。台風の影響もあったろうが、「投票に行くまでもない。現状通りで良い」ということでもあるだろう。

 現状変更を訴えるはずの野党が迷走、政策なき離合集散を繰り返している影響も大きい。その意味では、今回、衆議院民進党が解体したことは意義があった。元々、反自民というだけで左派から右派まで寄り集まった民主党、看板を変えての民進党には、政党としての無理があった。再度の看板替えを目指し、今回は小池百合子代表の「希望の党」に合流しようとしたが、「左翼は排除」となったのは当然のことで、民進党左派は立憲民主党を結成した。保守現実主義の論客だった高坂正堯・京大教授門下の前原誠司・民進党代表が、そこまで読んで一身を賭けたのか、読みが甘かったのかは不明だが、左派の立憲民主党~共産党とも対峙する健全な第二保守党として育ってほしい。

 左派を切り捨てた希望の党が、自民・公明党の政策に対案が出せて、相互調整も出来る政党に育った時、小選挙区制の衆議院が前提とする二大政党時代が訪れる。左派が比例代表選で限られた議席を持つことは、現実世界と遊離した人々を暴力に走らせず、夢見させるための装置としては致し方ない。

対立軸を示せぬ野党はスキャンダル話が頼り

 今回の総選挙ほど、政策の対立軸が見えない選挙も珍しかった。野党からは、「安倍一強」「森友、加計学園問題」ばかりが聞こえて来た。与党側も、アベノミクスなど現在の政策の継承、発展ということで、新鮮味は薄かった。八%消費税の一〇%への引き上げはやや議論になったが、二%分の引き上げが、消費経済を直撃して国政を揺るがすほどの大問題だろうか。店先での「掛ける八、割る百」の暗算は中々に難しいが、「掛ける十、割る百=割る十」なら、小学生でも出来る。

 国有地払い下げの森友学園問題、獣医学部新設誘致の加計学園問題では、安倍首相も、もう少し気楽に構えて答えるべきだっただろう。森友学園問題は、幾分〝飛んでいる〟昭恵夫人が詐欺師夫婦に引っ掛かっただけの話で、飛んでいる妻を持つ全国の夫代表として陳謝すれば済む話ではある。詐欺師夫婦と共闘する左派野党は、全国の飛んでいる妻たちの敵でもある。「妻は静かに家にいるべき」なのか。

 文部科学省・業界の岩盤規制に風穴を開ける加計学園問題でも、安倍首相は、「今治市への獣医学部

新設構想は今年一月の国家戦略特区諮問会議で初めて知った」などと言うべきではなかった。地方の獣医師不足の解消と町興しのため、愛媛県、今治市は十年前から加計学園を前提に獣医学部の新設誘致を求めており、加計孝太郎理事長と安倍首相は留学時代からの親友だという。「誘致に応える構想は聞いていた」と答えた方が自然だろう。岩盤規制突破の直前に、「それなら我々も」と名乗り出た京都府、京都産業大学とは条件が違う。意地悪に弱い、首相の育ちの良さが裏目に出たようだ。

 二つの問題では、左派メディアの報道姿勢にも問題がある。「首相夫人、首相の知り合い」というスキャンダラスな週刊誌的報道に偏して、詐欺師夫妻の行状、岩盤規制打破の是非という課題の掘り下げが不足しており、そうした意見を無視、軽視する姿勢が目立った。

改憲議論、原発再稼働を有権者信認

 大した議論は行われなかったが、結果的に有権者の信任を得た課題はいくつかある。その第一は憲法改正問題で、改憲、もしくはその議論を避けないとする自民、公明(二十九議席)、日本維新の会(十一議席)で計三百二十四議席、希望の党(五十議席)も含めれば三百七十四議席と、改憲発議に必要な議員定数の三分の二(三百十議席)を大きく上回った意義は大きい。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とする憲法と自衛隊との位置付けなど改憲議論を加速させ、発議、国民投票、改憲――という歴史的成果を任期中に挙げて見せるべきだろう。国民は、それを付託した。「占領軍憲法を護持」という点では思考停止の超保守主義である左派野党は、黙って見ていればよい。

 原発利用の問題でも、自民、公明、維新が、当面の利用を認める。希望の党は、「二〇三〇年までに原発全廃」と代替エネルギーへの道筋抜きの主張を行ったが、移籍を含める五十七議席が、五十議席に減った。まずは、安全を見極めつつ休止原発の再稼働を急ぐべきだろう。原発の利用は、事故を起こせば破滅的な状況を生むが、再生エネルギーの技術的展望がない中では、石油・天然ガス・石炭の利用増は、地球温暖化、気象変動という別の破滅的状況を生む。双方の危険性を回避するなら、木炭、マキだけを利用する心豊かな原始生活という選択肢もある。三択の問題である。原発廃止を主張していた韓国の文在寅大統領も、原発利用に方針転換した。

 東日本大震災の時、ゼミの学生に問いかけると、全員が「原発反対」だった。「立派な判断だ。地球温暖化も防ぐため、原発依存分の三割の電力を拒否。この夏はクーラーを使わないこと」と言うと、「えェ~。名古屋の夏は暑いのだから、そんなことはできませ~ん。東京の人がやればよい」と答えて来た。原発にも反対、地球温暖化にも反対、エネルギー削減にも反対――という立憲民主党、共産党と同じ軽さ、発想だろう。

北朝鮮と対話重視の野党は特使を送るべき

 北朝鮮が進める核・弾道ミサイル開発に関しては、「対話と圧力」で全党が一致していたようだ。ただ、国際的な枠組みを主導して核・ミサイルの放棄を目指し、暴発に備えた防衛体制の構築を主張する自民、公明、希望の党に対して、共産、社会民主党は対話重視を色濃く出していた。一九九三年に核疑惑が露見してから、国際社会は粘り強く対話して来た。だが北朝鮮は、対話の陰で核・ミサイル開発を密かに進め、三代目指導者の金正恩・党委員長の時代になると、それを急加速させた。公海上に向けて弾道ミサイルを無警告発射、水爆実験の予告までを行っている。

 金委員長が恐れる体制の崩壊などは、周辺国のどこも望んでいない。韓国と適度に対立してバランスを取っている状態が、韓国を含むいずれの国にとっても好都合だからだ。対話重視の左派野党は、北朝鮮と何を対話することを考えているのか。核・ミサイルの放棄でなくては、国際社会は容認しない。国内で空論を語っているのではなく、党の特使を北朝鮮に派遣して、核・ミサイル放棄の対話を試みたらどうか。これに成功すれば、次の総選挙では大勝出来るかも知れない。