『日本』平成29年12月号

共産党独裁国家中国の長期展望に関わる若干の論点

今岡 日出紀/島根県立大学名誉教授

統治の正当性

 中国共産党は、革命により資本主義体制を打倒して、土地、資本設備、天然資源等を国有化し、共産党独裁の国家による計画経済体制の下で、高い生産力と平等な分配を実現する社会主義経済を構築することを統治の正当性の根拠として、一九四九年に中華人民共和国を創建した。しかし、この体制の下での政策はことごとく失敗に終わった。五五年から始まった農業集団化(人民公社の設立)と農業生産の大幅増産運動を軸にする大躍進政策は完全な失敗に終わった。

 一九六六年から七七年まで続いた文化大革命では、官僚主義を廃し、下から共産主義革命精神を喚起する大衆動員運動であったが、国家組織を破壊し、膨大な人的資源の損失をもたらしただけであった。毛沢東を上に頂く共産党独裁国家による統治の正統性の根拠は、上記二つの運動の失敗によって完全に失われてしまったように見えた。それかあらぬか、八九年に六・四天安門事件が起きた。学生・一般国民の一部が政治の民主化を要求して街頭デモに繰り出した。しかし共産党独裁政権は戒厳令を発して、解放軍が戦車でこのデモを蹴散らし、共産党独裁体制を護持した。

 一九九二年、鄧小平による「南巡講話」を契機として、共産党独裁を維持しつつ、社会主義経済の制度の骨格を漸進的に改革しながら、市場経済体制へと体制移行が進められた。この漸進的市場経済体制への移行が、九三年以降の共産党独裁国家における統治の正当性の根拠となった。

中国における構造的腐敗と共産党独裁による統治の正当性の揺らぎ

 二〇一二年に習近平が共産党総書記に就任して以来、王岐山・党中央規律検査委員会書記と共に共産党史上最も大掛かりな反腐敗摘発キャンペーンを進めてきた。一六年までに、腐敗絡みの犯罪で懲戒処分を受けた共産党員は四十一万五千人に達し、中には七十六人の政府高官が含まれていたと言う。

 ミンシン・ペイ(MINXIN PEI)(米国、クラレモント・マッケナ大学教授)はこの腐敗を実証的に分析し、著書『中国の縁故資本主義 ―― 体制衰退のメカニズム』(ハーバード大学出版局、二〇一六年。英文著書)を著した。この著書の内容を簡潔に要約して、現代中国における腐敗の構造について以下に示したい。

 著者は六つのタイプの腐敗を区別している。第一は「官僚(共産党員)の間での官職の職位の売買」。第二は、「複数の官僚(共産党員)とビジネスマンにより土地所有権や鉱山の発掘権の譲渡を巡って起きた腐敗」。第三は、「国営企業における共謀腐敗」。第四は、「法の執行官僚(共産党員)と組織化された犯罪者集団との間の共謀腐敗」。第五は、「複数の判事(共産党員)が結託した腐敗」。第六は、「諸規制を実行する複数の官僚(共産党員)が結託した腐敗」である。広範な分野の官僚組織の中のエリートである共産党員官僚が、自らの権限を利用し、民間のビジネスマンや同僚のエリート官僚と結託して、国有資産を不法に略奪していることが解る。これを腐敗と言う。

 著者は、このような政治的腐敗を発生させたのは、特殊な中国的環境に由来するとしている。一九九〇年代以降の中国では、社会主義体制の痕跡を残しながら資本主義体制へ漸進的に変革しつつある。特に土地、資本設備、天然資源(鉱山の採掘権など)の所有権は、社会主義体制の下では全て国有制であるが、資本主義体制の下では個人の所有権が明確に確立されている。この移行の過程では、所有権とは切り離して期限付きの使用権を設定し、使用権を売買することによって土地等の最適的な配分するという便宜的方法が取られている。中国の農村における土地の所有権は国家に帰属していたが、政府は農民に三十年の期間を上限として、その土地の使用権を与えている。そこで政府は農民から土地の使用権を得る時、共謀官僚は農民から短い限定期間の使用権付きの土地を安く買い、これをより長い使用権期限付きの土地として建設業者により高く売るので、共謀官僚はその差額分だけ利得を得る。一方、住宅販売業者は住宅価格にこの差額分を上乗せすればよい。これが、土地等の所有権の売買を期限付き使用権の売買と置き換えて、それを売買可能とする便宜的制度を利用した典型的な共謀腐敗の例である。

 このような腐敗現象を発生させる特殊な中国的条件は、まだ他にもある。中国の建国以来、計画の策定等については中央集権的であったが、地方(省、県、市、村等)に対しては、諸政策の実行に関する大きな裁量権を与えているという意味で、地方分権が進んでいた。この裁量権を使った腐敗が地方に頻発していた。また、官庁の地方における人事権は地方に分権的に与えられていて、地方のエリート官僚(共産党員)は地方において裁量的人事を行うことが出来、地方のエリート官僚の間での職位の売買という共謀腐敗が発生した。以上の意味で、中国の共謀腐敗(少数の顔見知り同士が戦略的に公的資産を略奪して、私的利得を最大化しようとする行動)は構造的なものである。これは通常の資本主義からは縁故資本主義として区別できるが、中国共産党組織を内部から衰退させるメカニズムに他ならず、体制の不安定化という中国経済の長期発展の重大な懸念要因である。

経済の長期展望に関わる論点

 二〇〇七年の一四・二%の高成長率をピークとしてそれ以降の経済成長率は現在まで低下傾向が続いているが、まだ底は見えていない。恐らく三~五%のレベルで底を打つと思えるが、今後五%で持続的に経済成長を続けるとした場合に、検討しなければならない論点を挙げるとすれば次の通りである。

 まず第一に、労働力人口が既に減少していることから考えて、産業構造を現在の「労働集約的・資本集約的」産業中心の産業構造から、「資本集約的・技術集約的」産業中心の産業構造に変化させる必要がある。そのためには、国内の資本市場を改革し、市場メカニズムの働くものにする必要がある。当然のことであるが、長短の資本の取引は国際市場に完全に開放される必要があり、また外国為替市場は自由化される必要がある。銀行制度を拡充していく必要がある。

 第二に、所有権は完全に個別の個人、法人に帰属するよう設定される必要がある。この時には、中国経済は最早「縁故資本主義」ではなく、真の資本主義経済となるが。

 第三に、構造的腐敗がはびこることは、中国共産党の統治能力が弱体化して、共産党独裁国家中国の政策実施能力が低下することを意味する。これを防ぐためには、より急進的に移行作業を進め、構造的腐敗を撲滅するためには、政治の民主化を進める必要がある。政治の民主化はそれ自体として、中国で求められるべきものであるが、さらなる経済発展を実現することも必要である。経済発展の初期段階では、権威主義的独裁体制が、経済発展をより効率的に進める場合もあるが、中国はこの段階を既に越えている。

 第四に、中国における省別の一人当たりGDP格差は非常に大きい。このような省別所得格差の増大は国家の統治能力を低下させ、国家の分裂化傾向を発生させることになるだろう。

 中国は今後も国際社会で大きな影響力を持ち、日本にとっても重要な外交相手国となることは疑うべくもない。若き社会科学者が、等身大の中国像を得るべく、本格的な中国研究に従事されんことを切に望むものである。信頼に値する国民所得統計の最近の研究書は一冊だけである状況を認識して欲しい。