『日本』平成30年2月号

南北朝鮮の会談再開 ― 日本はどうすればよいか

吉原恒雄/元拓殖大学教授

 韓国と北朝鮮の対話が行われた。韓国が、金正恩朝鮮労働党委員長の「新年の辞」での提案を受け入れ「南北話し合い」が再開されたものだ。「米朝戦争が遠のきそう」との見方も一部にあるが、北朝鮮の“毎度お馴染みの手練手管”に過ぎない。ここで制裁を緩めると元の木阿弥になってしまう。それのみならず、トランプ米政権のぶれの大きさ、外交手法を勘案すると、仮に米朝会談に発展すれば、日本の安全にとって危機的状況が生まれかねない。

 北朝鮮の核弾道ミサイル保有の動きに対し、ここへきて国連安保理事会による経済制裁がやっと効果を上げ始めている時期である。もともと経済制裁は多くの国が参加しなければ効果が現れないうえに、即効性のない強力手段である。また、人道上の観点から採用手段に制約もある。最近になって欧州主要諸国もやっと協力し始めた。その一方、特に中露両国の海上での石油製品の受け渡しが暴露された。両国が事実上、裏面で密かに援助していたことが露見し、両国とも援助しにくくなった。だが「恫喝(どうかつ)」は脅しだけでは効果を上げることはできない。「脅かしたり、すかしたり」することを交互に行うことで、所期の思惑が達成される手段である。

北朝鮮の外交の手口の特徴

 元米国防総省のスタッフで、過去の米朝会談にも関与したチャック・ダウンズ氏は『北朝鮮の交渉戦略』の中で、これまでの北朝鮮との交渉を踏まえて詐術の手口を克明に分析、紹介している。①会談の席に就くこと自体を相手に与える譲歩とする、②以前の交渉済みの条項について再交渉を要求する、③すべての問題についての責任を相手に転嫁する、④北朝鮮を問題の犠牲者、被害者として演出する、⑤いったん決めたことを履行せず、その原因は相手にあると主張する――などがその特徴だ。もっとも、②~⑤の指摘は、韓国の“従軍慰安婦”問題での日本への手口と全く同じであり、北朝鮮の対外交渉の特徴と言うよりも、朝鮮族の特徴と言えるかもしれない。

 北朝鮮の手口の典型的な例は、一九九四年の「米朝協議」で展開された。この時、米国のクリントン政権は、一度はミサイル攻撃などで核武装関連設備を破壊する意向を固めていた。だが、北朝鮮による日本や韓国への攻撃などを理由に、“話し合い”方式を採用した。その際の合意は①北朝鮮はそれまで進めていた核開発プログラムを凍結する、②北朝鮮はプルトニウムを抽出し易い黒鉛炉の操業をやめる、③その代り米国は日韓両国と協力して、プルトニウムを抽出しにくい軽水炉を提供する、④米国は軽水炉完成まで火力発電用の重油を提供する――というもの。このほか、大量の食糧援助も行われた。

 北朝鮮は合意の直後は黒鉛炉の運転を停止し、多量の重油、食料援助等を入手した。ところが、韓国製の軽水炉は受け入れないと言い出したため、軽水炉建設が遅延した。この時点で、北朝鮮は軽水炉建設遅延を口実に、黒鉛炉運転を再開するなど核武装の準備を再開した。その言い訳は「米朝合意が履行されなかった」だった。結果は、北朝鮮は大量の援助をうまくせしめただけで、何の譲歩もしなかった。道徳的には「騙(だま)した者が騙された者より悪い」だが、国際社会では騙された方が知識・識見が不足しており、愚かだったと評価される。大東亜戦争末期、既に米国などの連合国側に与(くみ)し対日参戦を決めていたソ連に、日米戦争の収束斡旋(あっせん)を依頼した日本政府の鈍感さはその典型である。

 今回の南北会談も同じ経過をたどる公算が大きい。もっとも、今回は国連安保理の経済制裁決議下であり、韓国が北朝鮮の経済援助や各種の経済協力の要求をのめば、決議違反となる。文在寅大統領は対北朝鮮経済制裁強化が叫ばれている真最中に、“人道援助”を実施している。今回も、名目は“人道援助”と称して経済援助をむしり取られる可能性が大きい。

注意すべき北のICBMの配備後の米の対応

 北朝鮮の核弾頭は小型化が進展し、対日戦用の「ノドン」に搭載が可能になりつつあると推測される。だだ、対米向けの「火星15」等のICBMは大気圏への再突入時に発生する四千度以上の高熱に耐えうる特殊金属の開発、目標設定に不可欠な偵察衛星打ち上げが成功していないなど未完成である。我々が現時点で考慮の対象としておく問題は、「火星15」等が所期の性能を達成した場合のトランプ米大統領の対応である。北朝鮮としては日韓両国を人質に取って米国を脅かすと共に、地上戦になった場合の米軍兵士の戦傷死の多さをちらつかせ、核弾頭、弾道ミサイルの全面的放棄を受け入れることはあり得ない。そのような事態を想定して米国から漏れ出てくる情報では、「米国本土に届かない中距離弾道ミサイル(IRBM)」までは認めるとの妥協案である。

 トランプ大統領は商売人なので、妥協案を受け入れる公算は充分にある。米国は、かつてパキスタンとインドが相次いで核武装した際、対テロ戦争遂行のためにパキスタン領域内からの米陸軍出撃の必要上、パキスタンの核武装を黙認した。その流れの中で、次いでインドの核武装を是認した前歴がある。それを契機に米印の原子力産業面での協力が一気に高まった。また、湾岸戦争の際は、米国務長官、英外相が「化学兵器を使用したら、核兵器で対応する」と核恫喝した。核拡散防止条約締結時の非核国への約束、「非核国には核恫喝は行わない」との約束は守られなかった。

 一方、自衛隊の攻撃力は皆無であり、そのうえ国際武力紛争法(戦時国際法)でも許容されている戦闘方法や保有兵器を国内法で制約されている。「国内法で制約されている」というより、「歴代自民党政府が、国会答弁でそのような憲法解釈をしてきた」と言う方が妥当であろう。攻撃力は対米依存であり、敵対国家の情報を含む米国から軍事支援がなかったら、対日攻撃に対処することはできない。一番の問題は、一般国民のみならず政治家、学者、評論家がその点を自覚していないことにある。

イージス「SM3」等への過信は危険

 北朝鮮のIRBM「ノドン」の脅威も、昨日、今日に始まったことではない。米国を攻撃可能なICBMの開発に着手し、米国内で騒ぎ出してからやっと日本で認識し始めた。

 対弾道ミサイル防衛システム(BMD)への過信も、軍事知識への理解不足から来ている。PAC3、イージス艦搭載SM3は本来領土防衛用ではなく、部隊上空、艦隊上空防御用である。つまり、領土防空用としては暫定的なBMDに過ぎない。一発の弾道ミサイル攻撃に最低でも二発で迎撃しなければならないのに、イージス艦はたった八発しか搭載していない。基地での備蓄も予算の制約で少ない。おとり識別機能もない。因みに、北朝鮮は対日戦「ノドン」を三百基保有していると推定されている。また承知しておくべきは、「ノドン」は命中精度が極めて悪いから、弾道計算通り飛翔しないので迎撃しにくい点だ。そのうえ命中精度の悪さから政治、軍事の中枢、原発など戦略目標には使用しにくい。このため、攻撃対象は重要施設ではなく、都市、つまり一般国民となる。

 それに日本は、軍事用偵察衛星を保有していないので米国から情報提供を受ける。その一方、北朝鮮から発射された「ノドン」は、北海道の先端まで十分強で着弾する。もちろん朝鮮半島に近い西日本地域では、もっと早い。発射警報が着弾後に発せられることになりかねない。他の主要国のように、攻撃を防ぐよりも攻撃を抑止するため、弾道ミサイル、巡航ミサイルを保有することが重要である。