『日本』平成30年3月号

軍靴の響きで始まった平昌五輪

宮地忍/元名古屋文理大学教授

 平昌冬季五輪が終わり、引き続き三月八日からパラリンピックが始まろうとしている。突然の北朝鮮参加で話題を呼んだ冬季五輪だが、彼の国の独善性が際立ち、核兵器を持たせたらいかに危うい状況になるのか、世界が再認識する機会にはなった。核と長距離ミサイルの開発を放棄して平和共存の道を歩むのか、世襲社会主義王朝を守るため内外強圧の姿勢を続けるのか。国際社会からの圧力が、一段と強まろうとしている。

駄々っ子のような北朝鮮

 北朝鮮は今回、競技実績ではフィギュアスケートのペアで唯一の出場権を得ていた。だが、昨年十月末までの期限内に参加登録を行わず出場資格を喪失、平昌五輪を無視する姿勢でいた。ところが年明けになって、金正恩・朝鮮労働党委員長が「新年の辞」で五輪参加への意欲を突然表明。開催国でもある韓国との南北会談、国際オリンピック委員会(IOC)との協議を経て、十種目二十二選手が特別枠で出場を認められることになった。

 二十二選手のうち十二人はアイスホッケー女子の選手で、南北協調の象徴として韓国と合同チームを構成、各国二十三人の出場枠を例外として三十五人に拡大することが許された。ただ、各試合のベンチ入りは原則通り二十二人とし、北朝鮮選手を三人以上含めることとされた。これにより、韓国選手にとっては長年の練習、選抜にもかかわらず試合に出られない可能性が生まれ、文在寅・大統領の左派政権の支持層でもある青年を中心に、政府批判が噴出することになった。李洛淵・首相が、「アイスホッケーはメダル圏外。戦力強化の良い機会だ」と発言して、火に油を注いだ。

 アイスホッケーは、ベンチ入りの二十二人の中から交代で六人が氷上に出て戦う。頻繁に選手が入れ替わるスピードゲームでもあり、チームワークが重要とされるが、急ごしらえの南北合同チームは惨敗を繰り返し、予選で消えた。一次リーグB組での成績は、対スイス、スウェーデン戦がいずれも〇-八、対日本戦が一-四だった。

 オリンピックは人類究極の運動能力を競い合う場ではあるが、スポーツ後進国の選手が参加して、それなりの努力の姿を見せることにも意義はある。だが、競技力よりも政治的演出を優先させた手抜き試合は、オリンピック精神を汚し、対戦国チームへの礼を失することになった。

開幕前日に軍事パレード

 金・党委員長の「新年の辞」に誘われて南北会談に臨んだ韓国政府は、「核・ミサイル開発の問題に触れるなら会談に応じない」と北朝鮮側から一喝され、肝心の問題は棚上げとした。会談・対話を続ければ、やがては核・ミサイル問題を協議することも可能になると判断したのだろう。だが、北朝鮮が五輪参加の意思を表明したこと自体、連続的な核・ミサイル実験に対する国際的な経済制裁で苦しくなったため、実験結果の検討と改良の時間稼ぎに和平ムードを演出したと分析されている。

 そして北朝鮮は、韓国とIOCの支援で五輪参加の特別枠を確保すると、「軍創建記念日を平昌五輪開幕前日の二月八日に変更した」と言い出し、軍事パレードの準備を始めた。北朝鮮の軍創建記念日は、かつては一九四八年九月の建国に先立つ二月八日の朝鮮人民軍創設日とされていた経緯もあるが、初代の金日成・国家主席時代でもあった一九七八年以降は、旧満州で抗日遊撃隊を組織(一九三二=昭和七年)したという四月二十五日に変更していた。これを突然、人民軍創建の二月八日に戻したものだが、人民軍創建の二年後には韓国に進攻、朝鮮半島を焦土と化し、二百万~三百万人ともされる犠牲者を生んだ歴史がある。朝鮮戦争の惨禍や、慰安婦を「第五種補給品」として扱っていた歴史を忘れ、南北対話と五輪に舞い上がる韓国へのメッセージだったのか。

 五輪開幕の前日、平壌で行われた軍事パレードでは、三代目の金・党委員長が、「祖国を守る宝剣である軍の使命は変わることはない」と演説。一万三千人の部隊が大陸間弾道弾(ICBM)と見られるミサイル運搬車などと共に行進、赤いポンポン(飾り玉)を持たされた五万人の民衆が見守った。

 「平和の祭典」とも呼ばれるオリンピックは、紀元前七七六年に始まる古代オリンピア祭典競技に由来する。相互に争いを続けていたポリス(都市国家)の人々は、四年に一度、ギリシアの神々を共に祭るため戦いを止め、オリンピアの地に集まった。こうした歴史を踏む平昌五輪の開幕に軍事パレードを重ねた北朝鮮を、オリンポス山の神々はどう罰するのだろうか。

韓流ドラマを思わせる金与正女史の登場

 北朝鮮に親近感を抱く文在寅・韓国政権が国内統治上も南北融和を求めていると読んだ北朝鮮は、軍事パレード以外にも気ままな対応を繰り返した。管弦楽団派遣の事前視察を前夜に突然キャンセル・翌日に復活、北朝鮮・金剛山での南北合同文化公演の予定は一方的にキャンセル。陸路の約束だった管弦楽団の韓国入りも、一方的に鉄道利用に変更、二日前になるとまた突然、「万景峰号を使い海路で行く」と通告した。燃料まで要求したが、さすがの韓国政府もこれは断ったようだ。開会式の二日前には、正恩・党委員長の妹の金与正・党第一副部長を派遣すると伝え、韓国政府を喜ばせた。

 刈り上げ頭で肥満、足取りも危うい兄の金正恩・党委員長(三十四歳?)に比べれば、金与正女史(三十歳)は普通の人の好印象を与えた。だが、叔父を処刑、管弦楽団の玄松月・団長は正恩・党委員長の元恋人と噂される中で、実妹を特使にして韓国大統領と同格に扱わせる姿は、同族相克の韓流王朝ドラマを見る感があった。兄妹の異母兄である金正男氏は、昨年二月にマレーシアで暗殺されている。

強薬治療か外科手術か、迫られる五輪後

 三月八日から十八日までの平昌冬季パラリンピックが終われば、国際的な制裁の継続・強化が、再び朝鮮問題の課題として浮上する。五輪期間中は延期した春の米韓年次合同演習の実施時期も問題になるだろうが、北朝鮮は中止を求めている。五輪開会式に主要国のトップとして唯一訪韓した安倍晋三・首相は「演習の確実な実施」を求めたが、文・韓国大統領は「内政問題だ」と言葉を濁したという。

 国際的な制裁圧力の中で、韓国が一方的な譲歩を続けることは、内政問題とは言えない。北朝鮮が、米韓合同演習に反発して核・ミサイル実験の再開に踏み切れば、米軍による部分的な先制攻撃もあり得るだろう。和平約束とその一方的破棄を繰り返す北朝鮮に対しては、核関連施設への空爆が二〇〇三年ごろにも構想された。

 経済制裁を強化しても、北朝鮮が核・ミサイル開発を断念しない可能性は高い。インド、パキスタンなどの核開発の時もそうだった。ただ、予測不能性、独善性で類を見ない北朝鮮に核・ミサイルの技術確立を許せば、その独善性を強めさせ、国際社会を振り回した後に暴発した場合の被害は大きくなるばかりでもある。経済制裁という「薬物治療」の強化により、北朝鮮が緊張の原因である核・ミサイル開発を放棄して国際協調路線に転換、二〇二〇年の東京五輪が真の「平和の祭典」になることを祈りつつも、我々は、「外科手術」による患部除去、早期治療の決意も持たざるを得ない。