『日本』平成30年5月号

日本人の国民性と内実劣化の不安

渡邉規矩郎/桃山学院教育大学客員教授

『国民性十論』で挙げられた美徳・美風

 七年前の東日本大震災直後の被災者の節度ある行動や助け合い、絆などを伝えた外国特派員の報道により、諸外国から日本人の振る舞いに賞賛が寄せられたことは、記憶に新しい。この美徳・美風は、わが国の歴史・伝統や文化・風土によって培われた国民性の発露と言ってよい。しかし、外国人特派員が捉えた美徳・美風は、国民全体に共通するものだろうかと、懐疑的にならざるを得ない。 そもそも、日本人の国民性とはどのようなものとされて来たのであろうか。

 かつて、国文学者の芳賀矢一が明治四十一年に執筆した『国民性十論』には、日本人の国民性として、次の十項目を挙げている。

 ①忠君愛国、②祖先を尊び家名を重んずる、③現世的・実際的、④草木を愛し自然を喜ぶ、⑤楽天洒落(らくてんしゃらく)(くよくよせずこだわりがない)、⑥淡泊瀟洒(たんぱくしょうしゃ)(さっぱりしていて清浄)、⑦繊麗精巧(せんれいせいこう)(すらっとして美しい)、⑧清浄潔白、⑨礼儀作法、⑩温和寛恕(おんわかんじょ)(心ひろく思いやりがある)。

 一方、新渡戸稲造は明治三十二年に著した『武士道』の中で、武士に求められた道徳として、「義」「勇」「堅忍」「仁」「惻隠」「礼」「誠」「名誉」「忠義」の九つの徳目を挙げ、国民性と重ね合わせている。

 芳賀博士が『国民性十論』を著してから百年余り経った今日、これらは当てはまるだろうか。

戦後五年ごとに実施の「国民性」全国調査

 それでは、今の国民は「日本人の国民性」をどのように捉えているのか見てみよう。

 統計数理研究所は昭和二十八年以降五年ごとに「日本人の国民性」について全国調査を行っており、最新の調査は平成二十五年に行われ、その調査結果から次の傾向が明らかになっている。

 ▽日本人の長所として、①礼儀正しい ②親切 ③勤勉 ④ねばり強い ―― を挙げ、うち「礼儀正しい」「親切」「勤勉」が過去最高だった。▽もう一度生まれかわるとしたら、「日本」に生まれたい。▽生活水準は、日本全体は高いと評価するが、自分自身は「変わらない」が最多。▽「努力しても報われない」が増加。▽蔓延する「いらいら」。▽若年層で「わずらわしさを避け、平穏無事に」が拡大。▽再び「楽観」に転じはじめた将来の見通し。▽一番大切なのは「家族」。▽職場の人間関係観は伝統回帰へ。

 詳しく見ると、この調査の中では、あらかじめ日本人の長所として一般的に挙げられるものとして、「合理的」「勤勉」「自由を尊ぶ」「淡白」「ねばり強い」「親切」「独創性にとむ」「礼儀正しい」「明朗」「理想を求める」の十個の特質を例示し、当てはまるものに複数選択の回答を求めた。その結果は、「勤勉」「礼儀正しい」「親切」を挙げる人が七割を超えた。特に「礼儀正しい」は、これまで五割前後だったが、今回は七七%にまで上昇し、「親切」は今まで三〇%から五〇%の間だったが、七一%に高まるなど、いずれも二〇ポイント近く増加して過去最高となった。なお、「勤勉」は、これまでの七〇%前後から今回は七七%に増えて、これも過去最高だった。 また、日本の「心の豊かさ」に対する四段階評価結果では、「非常によい」あるいは「ややよい」とする人の割合は、平成五年から平成十年にかけて四一%から二一%へと、経済面を中心とした日本に対する他の評価項目と共に落ち込み、そのまま三〇%を割り込んで低迷していた。しかし、今回は四七%にまで急速に回復し、昭和四十八年の当該項目の調査開始以降では最も高い割合となった。

「日本人に生まれてきたい」が上昇

 これらに関連した項目として「他人の役に立とうとしているか」あるいは「自分のことだけに気をくばっているか」を尋ねたところ、「他人の役に」という人は昭和五十三年は一九%にすぎなかったが、その割合は毎回少しずつ増加し、今回平成二十五年は前回平成二十年の三六%から一〇ポイント近く伸びた四五%となって、はじめて「自分のことだけ」の四二%を上回った。

 もう一度生まれかわるとしたら「日本に生まれてきたい」か、それとも「よその国に生まれてきたい」

かを選んでもらったところ、「日本に」を選ぶ人は、全体では前回の七七%から今回は八三%へと上昇した。年齢層別に見ると、高齢層は前回においても八〇%を超えていたが、今回は若年層を含む全ての年齢層で七〇%を超えた。

 「日本」人気の要因の一つには、日本人自身に対する評価の高まりがあると考えられる。実際、日本の「心の豊かさ」をよいと考えている人ほど、もう一度生まれかわるとしたら「日本に生まれてきたい」としている。この傾向は、いずれの性・年齢層でも同様に認められた。

 この調査は、日本全体が敗戦で自信を失い、考え方や行動の価値基準が揺らいでいるのではないかとの懸念から、実態を把握するために企画された。ところが、第一次全国調査の結果、予想したほど自信喪失してはいないこと、いわゆる日本人論者が描くような「典型的日本人」など、ごく少数に過ぎないことなどが明らかになったとし、計量的な調査だからこそ見えて来た「総体としての日本人」の姿だったと調査関係者はみている。

日本人の国民性を評価する留学生たち

 筆者は前任大学で平成二十八、二十九の両年度、中国人留学生が約二十名受講した「日本事情」の授業で、「日本人の国民性」について日本人学生と一緒に話し合った。

 留学生が共通して一番に挙げたのが「真面目」「几帳面」「丁寧」「繊細」「誠実」だった。日本での生活やアルバイトを通じて強く感じるという。次が「礼儀正しい・態度がよい・謙虚」「思いやりがある」。そして、一年間日本人と接触してみて、「ありがとうございます」「すみません」「失礼します」「申し訳ございません」という言葉をよく聞くのが印象的だという。また、「勤勉・勤労意欲が高い」ことを挙げ、これがなかったら、戦後の日本の経済発展はなかったと受け止めている。

 「時間厳守」や「同情心に富む」「集団意識・和の精神・団結が強い」「正確さを追究する」などを指摘する一方、「建前を言う」という評価は中国人と同じだが、「日本人は本当に自然に親しむ国民だ」「全体局面の観念と独立精神が不足」「国家や企業に対して絶対的な忠誠を重視する」「仕事に対して身を捨てる覚悟がある」「日本人が好きな言葉に『一生懸命』があり、勉強でも仕事でも『頑張ります』という言葉をよく使う」「人に迷惑をかけない国民性があり、中国にもそういう人が多くいればみんなが楽になる」などの感想が聞かれた。

 「隣の芝生は青い」という見方もあろうが、中国で日本語を勉強して来た留学生たちの率直な受け止めである。

 国民性調査や留学生の声からは、おおむね良好な傾向ではないかと受け止められるかもしれない。しかし、ここに登場しなかった、「忠君愛国」や「祖先を尊ぶ」という最も重要な国民性の核になるところははどうなっているのかが心配だ。さらに言えば、物づくりの最先端を走っていた企業、様々な問題を起こしている政治家、官僚を始め日本人全体の劣化現象を目の当たりにして、国民性の土台が揺らいでいるのではないかとの強い危惧も覚える。