雑誌『日本』一覧

巻頭言

日本は今ピンチの真只中だ。一寸やそつとではない。元首相が、白昼衆人の面前で狙撃され殺戮されても、誰も責を負はない。それで国葬だと言ふ。それほどの政治家を軽く扱つてよいのか。身辺警護はたるみ、治安は維持されてゐない。文明国なのか。

 平泉澄博士の『革命論』について

平泉澄博士には『革命論』(文部省、一九三四年)の著作がある。文部省(学生部)が発行する「思想問題小輯の六」として刊行されたものであるが、私の手元にあるその小冊子(四十頁)の見開きには昭和九年三月として「本小輯は思想問題に関し、教育関係者の参考に資することを目的として編輯したものである。

 松陰先生の授業『武教全書講録』を読む(七)

この章では、「倹吝(けんりん)の弁(べん)」(倹約(けんやく)と吝嗇(りんしょく)の相違)を知ってほしいと、吉田松陰先生は言われます。 まず、世間では、倹約の一段強いのが吝嗇(りんしょく)と考えているようだが、倹約と吝嗇とは明らかに異なる二つのものとして、その違いを次のように説明されます。

巻頭言

当時、東京帝国大学の学生は学徒動員で、中島飛行機の工場に派遣されてゐた。二月十七、十八の両日、生徒指導のため博士は小泉製作所に出張を命ぜられた。 当日の様子を博士は、筆者宛書状で次のやうに記されてゐる。

 ロシア・ウクライナ戦争から見える日本の課題

ロシアによるウクライナ侵略は二十一世紀最大の暴挙であり、国際法違反だ。侵略国ロシアを決して許してはいけない。必ず敗北させ、痛い目に遭わせるべきだ。この戦争において、道徳的な観点から、善と悪ははっきりしており、侵略国ロシアは弁護する余地がない。

絵物語・橋本景岳

三か月ほどの必死の活動で難しい公家たちの心も動きはじめ景岳は江戸に帰ってきました。 しかし政敵・井伊直弼もおとなしくはしていません。景岳が帰ってきたその四月大老に就任し強い政治活動を開始しました。

巻頭言

今月号には、多年、改憲問題を解説してきた民間憲法臨調法曹関係者懇談会の『憲法問題メール情報』の六月一日付第四五八号が掲載されてゐる。一見されたい。自民党と維新の会の幹部は良いのだが、他の野党の責任者・関係者の意見や情勢判断は、露のウクライナ侵攻と中国の台湾威嚇(いかく)以後の世界情勢と日本の世論の急変を見てゐない。

『報徳外記』に学ぶ尊徳の遺訓

二宮尊徳(通称金次郎)は、今もなほ学ぶ事の多い先達である。すでに内村鑑三が『代表的日本人』(英文原著、明治二十八年〈一八九六〉刊)に「農村教師」として特筆した尊徳は、戦前の国定教科書(修身など)に長らく掲載されてきた。

ようこそ水戸学の地へ(七)― 常磐神社・偕楽園界隈 ―

今回は、城外西方の常磐神社と偕楽園を歩きます。常磐神社は義公徳川光圀(高譲味道根命(たかゆずるうましみちねのみこと))と 烈公徳 川斉昭( 押健男国之御楯命(おしたけおくにのみたてのみこと))を祀る神社です。明治七年(一八七四)に遷座祭が行われ、明治十五年に別格官幣社となりました。

巻頭言

平泉澄博士は、かぞへ七十五歳の高齢で、若い世代のために全力をこめて著された『少年日本史』(現講談社学術文庫『物語日本史』)の中に、源頼朝と義経に四節を宛て、彼等が平氏全盛の二十年間に「強健なる身体と剛毅果断の精神とを鍛えて」決起した。