巻頭言

明治天皇御製

我国の

為をつくせる

人々の

名もむさし野に

とむる玉かき

初めて東京招魂社に行幸、御製を賜る。

明治七年一月二十七日

正月号巻頭言「明治天皇御製」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

いま靖国神社の辺(ほとり)に、静謐(せいひつ)な神域にふさはしくない風波が立つてゐる。巻頭言に掲げた御製は、このお社が、三百年近く続いた江戸幕府が、幕末黒船来航の後、僅か十五年で、明治政府として近代国家日本の道を歩み出す大動乱に身を献げた勤王の志士達の御霊(みたま)を祀るため招魂社を創建せよ、との明治天皇の特別の御沙汰を示す。

その後も、天皇は国の内外の戦ひに倒れた多くの戦死者や公務に殉じた国民を合祀し給ひ、日清・日露戦争等から大東亜戦争まで二百四十六万余もの戦死者をお祀りした。戦後七十三年、明治維新百五十年の半ばに近い。

前半は十年に一度戦つた日本も、後半は全く不戦だが、アジアに戦乱は連続した。朝鮮戦争、中国内戦、東南アジア諸国の独立戦争、ベトナム戦争。また数回の金融恐慌もあつた。独り日本は、米軍占領下で、軍の解体、憲法改正、神道指令、教育勅語の無効化、戦争裁判等の日本無力化政策の“内戦”に苦しんだ。

一九五〇年(昭和二十五)六月、金日成軍の南侵は、米国に対日政策の誤りを悟らせたが、後の祭りであつた。

いつになれば、新聞記者が、靖国参拝者に公人か私人かと尋ねたり、中国大使に、首相・外相・官房長官は公人として参拝すべきでないなどと言はさない、日本になるのであらうか。