「日韓請求権・経済協力協定」って何ですか

宮地 忍/元名古屋文理大学教授

皆さんのお父さん、お母さんが生れるず~っと前、七十三年前に終わった第二次世界大戦(アジアでは大東亜戦争)の時の、韓国の元徴用工(ちょうようこう)や女子勤労挺身隊員が日本の会社に損害賠償を求めた裁判が、大きなニュースになっています。日韓が対立している「日韓請求権・経済協力協定」って、何でしょう。

韓国の元徴用工・女子挺身隊員、その遺族らが訴えているのは、大戦中に日本の工場で働かされたことへの慰謝料や給料の未払い分を払えというものです。元徴用工だと言う四人が新日鉄住金を訴えた訴訟で、韓国大法院(最高裁判所)は昨年十月、一人一億ウオン(約九百八十万円)の慰謝料支払いを命じる判決を確定させました。十一月にも、三菱重工業に二件十人への慰謝料を支払えとの判決を下しています。韓国で訴えられている日本の会社は約七十社(訴えている原告約千人)もあり、今後も同じような判決が続きます。

徴用工というのは、戦争で工場の働き手が不足したため、徴兵制度に準じた「徴用令」で工場勤務を命令したもので、日本内地では昭和十四年(一九三九)から始まりました。名古屋で本屋をしていた私の父も、飛行機工場に勤務を命じられました。日本が統治していた朝鮮半島の人々への扱いは緩く、昭和十四年から計画に基づく会社ごとの自由募集、昭和十七年から官庁の仲介募集(官斡旋(かんあっせん))をしていました。徴用令は、昭和十九年に適用されます。新日鉄住金を訴えた四人は、自由募集・官斡旋の時期に日本内地に来た人たちで、日本政府は「旧朝鮮半島出身労働者」と呼んでいます。

さて、その給料の未払い分などですが、大戦後に独立した韓国と日本は、国交を正常化するため、昭和四十年(一九六五)に「日韓基本条約」と「日韓請求権・経済協力協定」を結びました。「請求権・経済協力協定」は、日韓双方が相手国に残した財産や権利を、お互いに放棄したものです。協定第二条で、「協定署名の日に持つ一方の締約国及びその国民(法人を含む)の財産及び権利、請求権は、他方の締約国、その国民に主張できないものとする。この問題は、完全かつ最終的に解決されることを確認する」としています。

条約・協定案の交渉の時、日本は「韓国人徴用工の未払い給料などは日本政府が払う」と提案しましたが、韓国側は「政府が受け取り、韓国内で処理したい」と主張。結局、韓国への経済支援として、協定第一条で無償三億ドル、低利融資二億ドルの提供を約束しました。韓国の国家予算が三・五億ドルだった時代のことです。三億ドルの民間融資や技術支援も行われ、韓国は「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる経済発展を実現しました。

韓国大法院の判決に対し、「協定で請求権はお互いに無くなっている」というのが日本側の主張です。韓国政府も、一九七五年(昭和五十)から、旧日本軍の軍人、徴用工、女子挺身隊員に弔慰金、慰労金などを支給しており、下級裁判所の段階では、「この問題は日韓協定で解決ずみである」と主張していました。

ところが、大法院の判決が出ると態度があいまいになりました。「三権分立は民主国家の基本で、司法の最終判断には逆らえない」と言い、日本側が「それは韓国内の事情であり、政府はどう考えるのか」と聞いても、「検討中」と答えるばかりです。

国家間の条約・協定が国内法より優先するのは、国際法の常識です。「日韓請求権・経済協力協定」を勝手に解釈した大法院がおかしいのですが、韓国の裁判所は、強い世論が一部にあると、それに従ってしまうところがあります。平成二十四年(二〇一二)には、韓国の泥棒集団が長崎県対馬市の寺から県重要文化財の仏像を盗み出す事件がありましたが、韓国の地裁は、「五、六百年前に倭寇(わこう)が韓国から奪って行った可能性がある」として、対馬の寺への返還を認めません。

大法院も、「請求権・経済協力協定は、日本の不法な植民地支配に対する賠償を決めたものではない。強制動員の慰謝料請求権は協定の適用対象に含まれない」と判断しました。大法院の裁判官十三人のうち、二人はこうした解釈に反対しており、韓国内にも協定の規定は守るべきだとの世論もあります。だが、日本との話になると世論が揺れ動き、約束を破る「勇気」が独立精神につながる――と考える傾向があります。訴訟団は、日本の会社の財産差し押さえの手続きを行う一方、新たに約千百人が、日本が無償提供した三億ドルの分配を韓国政府に求める裁判も起こしています。

日本政府は、国際司法裁判所に訴えてでも譲らない方針ですが、日韓併合時代の日本人としての扱いに慰謝料が無限に発生するとなると、「日韓基本条約」の失効、国交断絶につながりかねません。