巻頭言

ベルツの日記

日本人は驚嘆すべき国民である!今日の午後、火災があつてから三十六時間たつかたたぬのに、はや現場では、せいぜい板小屋だが、千戸以上がまるで地から生えたやうに立ち並んだ。

まだ残骸がいぶり、余燼(よじん)もさめやらぬのに、日本人は、彼等の控えめの要求なら十分に満足させる新住居を、魔法のやうに素早く組立てた。これらの事実や、また日本人がいかなる悲運でも、これをトルコ人以上に平然と受容れると本で読んではゐたが、実際を見て驚嘆した。彼等の顔には悲しみは跡形(あとかた)もなく、まるで何事もなかつたかのやうに、冗談を言つたり笑つてゐる人が多かつた。掻き口説(くど)く女、寝床をほしがる子供は見たが、災難にうちひしがれてゐる男などは、どこにも見当らなかつた。

(『ベルツの日記』明治九年十二月一日の条)

二月号巻頭言「ベルツの日記」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

明治維新で驚くことの筆頭は、変革の速さである。
「泰平の 眠りを覚ます 上喜撰(じょうきせん)(蒸気船)たつた四杯で 夜も眠れず」と嘲笑されたが、黒船来航から明治元年まで、たつた十五年しか要しなかつた。

感心すべきは、「指導層」だけではない。彼等に追随して、よくこの社会変動を支へた多数の庶民・農民の「追随層」も大したものである。瓦版(かわらばん)や何かで得た情報を読みこなし、話し、論じ、理解して時代の動きを判断して誤らなかつた。この基盤は、幕末日本の識字率が西欧諸国より高かつた上に、庶民層の政治の理解力が欧州以上だつた事による。

更に、大臣クラスの処遇を与へて、第一級のお雇い外国人を迎へ入れた。その一人で、我が国に医学(内科学)を伝授したのが、ドイツ人ベルツで、明治九年、東京が大火に見舞われ、実に二万戸が焼失したが、彼はその直後の東京の状況を日記に克明に書き残した。

巻頭言は、その拙訳だが、この一文、災害を苦にせず、愚痴(ぐち)も言はず、雄々しく復旧に立ち上つた当時の日本人の姿が読み取れる。剛毅・不屈・ゆとりあり、災難不運を嘆かず、自力で立ち向うのが日本人ではないのか。時代は変はつても。