巻頭言

日本国憲法の運命

日本国憲法の起草と採択では、三派が争つた。保守的な日本の官僚は、天皇制に根本的変更を加へない現状維持を望んだ。米国は、東京もワシントンも、天皇制を政治の安定と民主化の基盤にすべく、その改革に努力した。共産党とソ連やコミンテルンは、天皇制の廃止と日本人民共和国の樹立に動いた。

マッカーサー元帥は、初め新憲法の非武装と戦争否認を強調したが、朝鮮戦争が日本の戦略的重要性を実証し、結局、警察予備隊 ―― 再軍備の道に決着。一九五一年、日米安保条約締結、日米は同盟国となつた。彼は平和条約の早期締結を望んだが、ソ連が反対した。

冷戦の子の憲法は、その犠牲として死ぬのであらうか。

(マクネリー『日本国憲法:冷戦の子』の結び より)

三月号巻頭言「日本国憲法の運命」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

これは昨年十、十一月号でも紹介したセオドール・マクネリー博士が、一九五六年にニューヨークでの「日本国憲法の改正問題」に関する国際会議に報告し、それを改定して学会誌(Political Science Quarterly,June, 1959)に発表した論文末尾の結論の簡訳である。会議には日米の憲法学者も出席し盛会であつた。報告論文も本論も自民党の憲法調査会の訳(早稲田大学・小林昭三教授)があり、国会図書館で利用可能。橋本和司氏の協力に感謝する。

当時は朝鮮戦争の直後、正に冷戦期の熱戦中。中国は内戦、台・中には金門島砲撃事件、べトナム独立戦争やキューバ革命が前後する時である。そんな時代、なんと呑気な日本国憲法だつたことか。その夢の憲法が、一字一句変へずに今も生き残つてゐるのである。何のお陰か。勿論、第一は現行憲法の拡大解釈である。第二は日米安保条約による我が国の安全保障の補完である。しかし、十分ではないのである。