巻頭言

敷島の

大和心を

人問はば

朝日ににほふ

山ざくら花

(本 居 宣 長)

4月号巻頭言「大和心」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

この有名な歌は、宣長のいかなる歌集にも見当らず、ただ彼の自画自賛の賛や画像の上に書かれたと聞くが、不思議な気がする。おそらく、「あなたの容姿はわかつたが、そのお心のほどは」と尋ねる人があればとして、自分が一番好きな桜の花の雰囲気を述べられたのであらう。墓の側には桜の木をと言ひ残したほどの宣長は、朝日に映える桜の花の淡麗、華麗な姿が大好きであつたに相違ない。この歌にそれ以上を読み取らぬ方がよい。

ただ桜花の魅力は千変万化する。卒寿を過ぎて四年の私も生涯に幾たびか、桜に心肝を揺さぶられた。第一は、敗戦の翌年、軍隊同期で級友の村田正喜氏と共に吉野の花見に出かけた時である。「中の千本」の中腹に立つて、下手に「下の千本」、上手に「上の千本」を眺めた絶景の迫力には圧倒された。全山花一色、雪山かと見まがふばかり。昔、頼山陽が、嵐山は山あり水あり吉野以上と称へたのが、何とも箱庭趣味に思へた。第二は、八十年生れ育つた京阪を去つて関東に転宅する直前、家内と二人で京都・円山公園内の料亭での夕食にと花見に出掛けた。夕暮の帰り道、桜花爛漫として薄紫色に浮び上つた美しさは、未だ見たこともない凄艶(せいえん)さであつた。