世界が注目する渋沢栄一の「道徳経済合一説」

渡邊 毅皇學館大学准教授
ロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーを凌ぐ

昭和二十七年(一九五二)、日本の老舗(しにせ)に興味を持ち、アメリカから来日した男がいた。彼の名は、ピーター・ドラッカー(Peter F. Drucker、一九〇九~二〇〇五年)。ドラッカーは、経済界に多大な影響力を与えたマネジネント研究の第一人者として知られる経営学者である。

ドラッカーにとって世界に比類のない日本の老舗とともに関心があったのが、渋沢栄一(一八四〇~一九三一年)であった。

渋沢は日本初の銀行を設立し、株式制度を導入して資本主義の基盤を築いた。「日本資本主義の父」と呼ばれ、実業家としては初めて男爵を授爵された人物である。

五百近くもの会社と六百ほどの非営利活動団体の創設にかかわり、また、二十世紀初頭にノーベル平和賞に二度推薦されたことがあるという、日米関係を中心に民間親善外交に尽力した人としても知られている。

ドラッカーは、その渋沢の功績についてロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーを凌(しの)ぐと評価している。①

渋沢を慕う書生たちが始めた竜門社という勉強会があったが、それは現在も公益財団法人・渋沢栄一記念財団に引き継がれている。財団は渋沢の「道徳経済合一説」に基づき、経済道義を高揚することを目的に事業を展開しており、今日においても渋沢の主張が多くの人々から支持を受けていることが知られる。

実はドラッカーは、この渋沢の唱えた「道徳経済合一説」に注目をしていたのである。これについて、渋沢はこう述べている。

合本組織を以て会社経営をするには、完全にして鞏固(きょうこ)なる道理に依(よ)らねばならぬ。既に道理に依るとすれば其(その)標準を何に帰するか、之(これ)は孔夫子(こうふうし)の遺訓を奉じて論語に依るの外はない。②

株式会社を経営していくには強固な道徳が必要だが、渋沢にとってその基準になるのが『論語』であった。道徳と経済は一見両立しないように思えるが、そうではなく、利潤追求をする経済の中に道徳は必要であり、経済活動は国家や公共の利益につながると主張した。

アダム・スミスとの違い

さらに渋沢は、その「道徳経済合一説」は「東西両洋に適する不易(ふえき)の原理である」③として、次のように述べている。

私の愉快に思ひますのはアダムスミスの学説が私の信条たる道徳に一致する事であります。即ち道徳経済といふ事と利用厚生といふ事が一致し調和するものである事を見出したからであります。④

「道徳経済合一説」はアダム・スミス(Adam Smith、一七二三~九〇年)の主張と軌を一にするものであると渋沢は説いている。スミスは『国富論』(一七七六年)を著し、経済学の父として知られているが、『国富論』の前に『道徳感情論』(一七五九年)を著した道徳哲学者だった。

実際、渋沢とスミスは、ともに人間の私利というものを肯定的にとらえている。『道徳感情論』を読めば、スミスも私利心を無制限には認めず、隣人を愛することの重要性を強調していることがわかる。ただし、渋沢は公利追求を優先してとらえ、それは私利の充足にもつながると考えたが、スミスはその反対に私利追求が公利をもたらすとしていたところに相違がある。

スミスは、自己利益を追求していくことで、市場において「見えざる手」が機能し社会全体の秩序と繁栄が実現されるとした。だが、今日の現状を見れば、この仮説が成立し難いことは実証済みと言ってよいだろう。スミスの言う「見えざる手」は作動せず、経済格差や所得格差の拡大とそれによる貧困、金融危機、環境破壊などの問題が生じ、自己利益優先の経済活動は限界にきている。

渋沢は「商人と実業家の繁栄が国家の繁栄につながる」としながらも、経済合理性より倫理を優先すべきであると考えた。だから、渋沢は私利のみをはかる投機活動には絶対手を出さなかった。

先見性に富む渋沢の「道徳経済合一説」

こうした渋沢の経済思想は先見性に富んだ考えであり、この点についてドラッカーは渋沢を高く評価した。

日本では、官界から実業界に転身した渋沢栄一が、一八七〇年代から八〇年代にかけて、企業と国益、企業と道徳について問題を提起した。のみならず、マネジメント教育に力を入れた。プロフェッショナルとしてのマネジメントの必要性を世界で最初に理解したのが渋沢だった。明治期の日本の経済的な躍進は、渋沢の経営思想と行動力によるところが大きかった。……
率直にいって私は、経営の「社会的責任」について論じた歴史的人物の中で、かの偉大な明治を築いた偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。彼は世界のだれよりも早く、経営の本質は『責任』にほかならないということを見抜いていたのである。⑤

「経営の『社会的責任』」というのは、経営において公益を追求する(博(ひろ)く民に施して衆を済(すく)う)ことが会社の使命であり責任であるということである。今でいうCSR(Corporate Social Resposibility)がそれに相当するだろう。CSRとは海外発の新しい概念のような印象を受けるが、そのようなことは渋沢が百年も前に指摘していたのである。

これを論じた人物として、渋沢が第一であるとドラッカーは言う。そして、彼の主著『マネジメント』の序文で、「本書全巻を貫くものは、結局、渋沢栄一がかつて喝破した『経営の本質は“責任”にほかならない』という主題につきるといえる」⑥とさえ、言い切っているのである。

世界に広がる渋沢研究

道徳と経済活動とを一致させ、公益追求を重視した渋沢の思想は、ドラッカーを始めとして今改めて各方面から注目を集めている。例えば渋沢の著『論語と算盤(そろばん)』が、一九九四年(平成六)に中国語に翻訳され、二〇〇九年(平成二十一)にさらに新訳が出されて多くの読者を獲得している。

中国史家である余英時(プリンストン大学名誉教授)は、その漢訳本『論語と算盤』の感想について次のように記している。

中日両国の近世史と現代において『士魂商才』はひとつの共通の重要な課題であり、歴史家が共同で研究し、たがいに実証しあう価値があろう。⑦

彼が指摘している「士魂商才」も、渋沢の経済思想の重要なキーワードだ。渋沢は実業家の道徳は武士道にあるとし、経済活動をする上で「士魂にして商才が無ければならぬ」 ⑧とした。そして、その「士魂商才」を養うには『論語』が最もよいとしたのである。

二〇〇五年(平成十七)には、中国の南通で国際シンポジウム「中日企業家の人文精神と社会貢献 ――渋沢栄一と張謇(ちょうけん)の比較研究」が開催され、研究論文も数多く寄せられた。また、「渋沢栄一研究センター」が、二〇〇六年(平成十八)に中国の華中師範大学に設立され、渋沢研究の勢いが増してきている。

経済的に停滞してきている中国は今、儒教道徳を見直し、それによる社会の安定と秩序化をはかろうとしている⑨。儒教を基本理念に経済活動や社会活動を成功させた渋沢は、中国で注目を集め、以下のように近年、中国研究者による渋沢の「道徳経済」に着目した研究書が陸続として出版され邦訳もされている。

二〇〇八年  于臣『渋沢栄一と〈義利〉思想―近代東アジアの実業と教育』ぺりかん社。
二〇〇九年  陶徳民・姜克實・見城悌治・桐原健真編『近代東アジアの経済倫理とその実践―渋沢栄一と張謇を中心に』日本経済評論社。
二〇一〇年  周見『張謇と渋沢栄一―近代中日両国の企業家の比較研究』日本経済評論社。

ちなみに上記研究書の中で、渋沢と比較考察されている張謇(一八五三~一九二六年)は、儒教思想を持った中国の近代産業の企業家である。張は、実業事業を展開する傍(かたわ)ら師範学校や博物館の創設など公益事業にも携わったという、渋沢と共通点が認められる人物である。

最近では中国の企業経営者たちが社員を引率し、渋沢資料館(東京都北区・飛鳥山)をたびたび訪れているというから、中国では学術面だけでなくビジネスマンたちからも熱い視線が注がれているようだ。

平成二十九年(二〇一七)に出版された町泉寿郎編著『渋沢栄一は漢学とどう関わったか 「論語と算盤」が出会う東アジアの近代』(ミネルヴァ書房)には、朴暎美(第四章「渋沢栄一を偲ぶ朝鮮の人々」)、丁世絃(第八章「渋沢栄一の儒教活動」)などが所収されており、韓国人学者からも研究対象になっている。

渋沢研究は以上のような儒教の伝統を持つ中国、韓国ばかりでなく、ヨーロッパ、北米でも注目され始めた。パトリック・フリデンソン/橘川武郎編著『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』(東洋経済新報社)が平成二十六年(二〇一四)に出ているが、その中でパトリック・フリデンソン(Patrick Fridenson、フランス社会科学高等研究院名誉教授)、ジャネット・ハンター(Janet Hunter、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授)、ジェフリー・ジョーンズ(Geoffrey Jones、ハーバード・ビジネススクール教授)など仏、英、米の著名な経営学者が渋沢に関する論文を発表している。さらには、アメリカのミズーリ州立大学セントルイス校に渋沢の名前を冠した講座も設けられるなど、欧米でも渋沢を研究する機関や学者が増えている。

ドラッカーを始めとして、今や渋沢の道徳に基づく経営理念は、欧米や東アジアの国々から求められるようになってきた。リーマン・ショック以降世界的に経済が困難な状態に陥っている中、投資家による節度のないマネーゲームや金儲け万能の経済システムに対する反省が世界中で深まっているのである。

企業・職業倫理、経済倫理の欠如が深刻な問題として噴出してきている中、道徳と経済の合一を唱えた渋沢が、国際的に注目を集めているようになっているのである。国際的規模の経済危機に苦しむ世界に対して、また企業倫理問題が経営の死命を制するようになってきた⑩今日において渋沢の経済思想は、今後の経済活動や企業経営、資本主義社会のあり方に対して重要な示唆を与え続けていくことだろう。

①  P・F・ドラッカー/上田惇生訳『断絶の時代―いま起こっていることの本質―』(ダイヤモンド社平成十一年)一二四頁。
②  「大正十二年六月十三日赤坂区霊南坂日蓄会社ニ赴カレ御吹込 道徳経済合一説」『渋沢栄一伝記資料』第四六巻(渋沢青淵記念財団竜門社、昭和三十七年)三六〇頁。
③  渋沢栄一『青淵先生演説集』(龍門社、昭和十二年)三〇七頁。
④  同右書、七五六頁。(「アダムスミス生誕二百年所感」『東京経済雑誌』第八五巻第二一三五号、大正二年)
⑤  P・F・ドラッカー/野田一夫・村上恒夫監訳「日本語版への序文」『マネジメント(上) ―課題・責任・実践』(ダイヤモンド社、昭和四十九年)六頁。
⑥  同右書、六頁。
⑦  余英時/森紀子訳『中国近世の宗教倫理と商人精神』(平凡社、平成三年)七頁。
⑧  渋沢栄一『論語と算盤』(忠誠堂、昭和二年)五頁。
⑨  朝倉友海『「東アジアに哲学はない」のか―:京都学派と新儒家』(岩波書店、平成二十六年)一一八頁。
⑩  舩橋晴雄『「企業倫理力」を鍛える』(かんき出版、平成十九年)一頁。