巻頭言

老い

老いぬれば

さらぬ別れも

ありといへば

いよいよ見まく

ほしき君かな

在原業平の母君。

『古今和歌集』より

7月号巻頭言「老い」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

少子高齢化は、今や日本のみならず全先進国の難題である。長寿は目出度く、健康ならなほ良いが、なかなかさうはいかない。老い衰へ病弱になるのが世の常だ。『古今和歌集』『伊勢物語』に多くの名歌を残した在原業平(あらわらのなりひら)の母君も、晩年には一人息子に会ひたいと思ひ暮らす日々だつたのであらう。巻頭言は、息子に送つた母の歌である。業平は、長岡まではなかなか行けぬことを嘆きつつ、さらぬ(避けられない)別離を思ふ悲しみをなくもがな、と祈る歌を返した。

世の中に さらぬ別れの なくもがな
千代(ちよ)もとなげく(祈る) 人の子のため

平安朝の昔も今も、この悲しみに何の変りもないことを、このほど痛感した。私事で恐縮だが、昨秋、家内の母親が百五歳で亡くなつた。歳末の賀詞欠礼の挨拶状には、天寿を全うしたとしたためたが、岳父(近藤傳八大佐)の戦死後七十四年、三人の子を立派に育て上げたその生涯に頭を下げると共に、老いの目立ち始めた七十四歳の母を、大阪の我が家近くに引取つて十五年と横浜での最晩年十五年、自らも老いつつ世話した家内(娘と次男も)の献身ぶりに感銘した。老いの対策には、医療施設だけでなく、周囲の家族の親愛の情も深く強くせねばならない。