巻頭言

8月号巻頭言「昭和天皇と沖縄」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

米軍占領下に十歳以上だつた方はご記憶だらう。昭和 天皇が戦後全国各地を御巡幸され、背広姿で右手の中折 れ帽子を振りつつ、国民の歓呼の声に応へられたお姿を。 当時、大学には天皇制打倒のビラが乱舞してゐたが、この君民親和の状景を見て、私は日本の君主制は大丈夫だ と確信した。御巡幸は昭和二十二年、神奈川県に始まり、 二十九年に北海道で終つた。ただ戦争裁判と憲法制定で 二十三年に、また津軽海峡の機雷不安で二十七、八年に 中断された。残る沖縄が、昭和四十七年、本土に復帰す ると、陛下は直ちに訪問を切望され、宮内庁課長と侍従 による下見も六十二年秋に終つた。だが、突然陛下が御 発病、手術となり、実現できず。昭和六十四年一月七日、 遂に陛下の崩御を迎へた。しかし天皇の御名代として、皇太子・同妃両殿下の沖 縄御訪問が、六十二年十月二十四、五日に実現した。

両殿下は、先づ初日、糸満市摩文仁の沖縄平和祈念堂 に拝礼され、遺族ら県民各界代表に、また翌日には海邦 国体(第四十二回国民体育大会)の開会式で再び、以下 の昭和天皇の「お言葉」をゆっくりと代読された。

昭和天皇の沖縄へのお言葉
「さきの大戦で戦場となった沖縄が、島々の姿をも変える 甚大な被害を蒙 こうむ り、一般住民を含む数 あまた 多の尊い犠牲者を出 したことに加え、戦後も長らく多大の苦労を余儀なくされ てきたことを思うとき深い悲しみと痛みを覚えます。

ここに、改めて、戦陣に散り、戦禍にたおれた数多くの 人々やその遺族に対し、哀悼の意を表するとともに、戦後 の復興に尽力した人々の苦労を心からねぎらいたいと思い ます。

終戦以来すでに四十二年の歳月を数え、今日この地で親 しく沖縄の現状と県民の姿に接することを念願していまし たが、思わぬ病のため今回沖縄訪問を断念しなければなら なくなったことは、誠に残念でなりません。

健康が回復したら、できるだけ早い機会に訪問したいと 思います。

皆には、どうか今後とも相協力して、平和で幸せな社会 をつくり上げるため、更に協力してくれることを切に希望 します。」

摩文仁の沖縄平和祈念堂に参列した県遺族連合会の野村 朝賢さんは語つた。「陛下のお言葉をお聞きし、感動で涙を 流しました。殿下がご代読されるお声を聞いてゐるうちに、 まるで陛下がそこにをられるやうな気持になつたのです」。

手術の後、陛下はなほ「もうだめか」とつぶやかれた由。 ああ、いつ御安心頂けるのか。