第六十六回  日本学協会主催 千早鍛錬会報告

千早委員会

八月二十三日から二十五日にかけて奈良県吉野の旅館「歌藤(かとう)」及び千早城址等において、第六十六回千早鍛錬会が開催され、五十余名が参加した。今年も、国家観、先哲の教へ、国際社会の動向などを学ぶ意義深い鍛錬会であつた。

第一日目。日本学協会理事長・平泉隆房先生の開講の辞で、千早鍛錬会は幕を開けた。先生は鍛錬会の眼目を「汝(なんじ)自身を知るといふこと」とされ、さらに「日本人である自覚を持つて欲しい」と述べられ、鍛錬会の目的と目標とを示された。

講話一は、元呉市長・小村和年・日本学協会常務理事による「国家と人生」であつた。「人間とは何か、国家とは何か」を著名な人々の学説を基に説かれ、さらに日本国家の特長を「力と徳性が一体となり天皇が具現化された」ものとされた。そして「国家がなければ我々の生命の保障はない、我々の人生は国家の内にあつて初めて展開する。我々は日本国家と一体である」とまとめられた。

その後、歌藤に戻り、佐久良東雄(さくらあずまお)先生の御歌から和歌の作り方や本質を説く和歌指導が筆者により行はれた。

講話二は、松本丘(たかし)皇學館大学教授による「靖献遺言(せいけんいげん)に学ぶ」であつた。教授はまず浅見絅斎(けいさい)先生の人物像を概観し、続いて『靖献遺言』の内容を論ぜられた。そして「靖献遺言の後に書す」を基に絅斎先生の心を説かれた。「忠義の心を平生(へいぜい)から磨いておくことが重要」と絅斎先生の言葉を引き、まとめられた。若い受講生には難解な講話とも思はれたが、教授の丁寧な解説がなされた。

翌二十四日は、後醍醐天皇御陵(ごりょう)及び楠木正行(まさつら)公ゆかりの如意輪寺(にょいりんじ)参拝から始まつた。吉野神宮正式参拝後、千早城へと向かつた。あいにくの雨で千早城へ登ることができず、受講生にとつて残念な結果となつた。

本年度の講話三は、存道館(そんどうかん)ではなく浪速学園多聞尚学館(なにわがくえんたもんしょうがくかん) で行はれた。宮家邦彦(みやけくにひこ)立命館大学客員教授による「最新の国際情勢をどう読むか」である。「疑うべきエコノミスト」や「偽中東通」など、報道などを読む際の「見方」や、今後の世界の潮流を示された。質疑応答の時間もあり、興味深く知見に富む内容であつた。

受講生は班ごとに分かれ、班長を中心に班会が行はれた。活発な班会が運営され、慣れない言葉などに苦心する受講生たちを各班の班長は熱心に指導された。たとへば筆者が班長を務めさせていただいた第四班では、講話ごとに重要な点を三つ班員に挙げさせ、それらを一つのストーリーとすることなどで理解を深める工夫を行つた。必ずしも多くを理解したわけではないだらうが、学問の楽しさを感じることができたのではと思ふ。

また、金沢工業大学学生の正伝長尾流躰術部(せいでんながおりゅうたいじゅつぶ)による演武が披露され、受講生はもちろん指導者をも魅了した。

最終日には平泉隆房先生より、吉田松陰先生「松下村塾記(しょうかそんじゅくのき)」の御講義が行はれた。平泉先生は「松下村塾記」の眼目である「学は人たる所以(ゆえん)を学ぶなり」、「人の最も重しとするところは、君臣の義なり。国の最も大なりとするところは、華夷(かい)の弁(べん)なり」を示され、「学問は一生続ける工夫が必要」、「先哲遺文は一回聞いたら良いといふものではない。折に触れ学ぶ必要がある」と述べられ、受講生が今後も学問に励まれるやう期待を寄せられた。

閉会式では、受講生を代表して第五班(大番(おおばん)彩香班長)の日本文化大学四年生、田村せんゆさんが「先哲に恥じない日本人になります」と力強く謝辞で決意を述べた。

閉会の辞では、小村常務理事が「また来年もここで勉強しませう」と結ばれた。

今年も、感激を以て歌ふ「青葉茂れる」の歌声は、山にひびき、谷にこたへた。来年の第六十七回千早鍛錬会は、八月二十一日から二十三日に同地に於いて開催される予定である。多くの若者の参加を期待したい。

(松村太樹)

千早鍛錬会詠草  和歌指導及び選者 松村太樹
あらたしき御世(みよ)をになはむ若人(わこうど)と
国のしるべを求め学ばむ
平泉隆房

世を治め民寧(やす) かれのみ 社(やしろ)
集ふますらを心高めよ
横山 泰

七十路(ななそじ)を越えて進まむ日の本の
(こご)しき道を覚悟(おぼえさと)して
堀井純二

みよしのに名をぞ留むる若武者の
(もとどり)(う)めし心偲ぶも
古村博文

吉野宮つくつくぼふし鳴きわたる
子らの行く末神に祈れり
渡邉 威

庭に立つ雄々しき楠の武者姿
乱れたる世に今蘇る
福永 弘

(いく)そ度(たび)登り登りて千早城
まことの教へ楠公の道
佐々木望 鳳馨(のぶよし)

つつしみてその身を靖(やす)み献(ささ)げたる
人の心を我れに固めむ
大貫大樹

新御代(にいみよ)も吉野の御代の丈夫(ますらを)を
かがみとなして仕へ奉(まつ)らむ
駒井 一

乱れたる世にこそ思へみよしのの
闇夜(やみよ)を照らす大和魂
小野 耕資(こうすけ)

千早城振りさけ見れば日の本の
心を示すもののふの跡
大友 裕二

この旅は永く遥けし道の先の
果てに楠木山並に見る
山本 航輝

みよしののやまのべおほふ夏の霧
醒めし朝(あした)に花や咲くらむ
近藤 梢馬(しょうま)

君想ひ国憂ひたるますらをを
かき抱きたるみ吉野の山
鈴木 智子

み吉野の夏は過ぎゆき学び舎に
いにしへ人の声をきくなり
神藤みさ子

久方の雨ふる中を青垣山
こもれる里の吉野路を行く
末次 直人

ひぐらしの鳴き響(とよ)みたる御社(みやしろ)
祈る若人心清(さや)けし
橋本 秀雄

がうがうと雷の鳴る吉野山
朝霧晴れて魂魄(たましい)の湧く
野崎 眞夫

吉野にて友の学びし国の史
(しるべ)とならむ我が行く先の
宮田 俊介

五 十年(いそとせ)のとしつきを経て吉野山
なき数に入る人ぞ偲(しの) ばる
小村和年

吉野なるみかねの岳にしのびけむ
ますらたけをの赤き誠を
後藤章嘉

子と別れ涙に袖を濡らしつつ
湊川へと駒(こま) にむち打つ
村瀬陽一

城趾(しろあと)に思ひめぐらせ若人に
語り伝へむ君が 功( いさお)
浅野伸一

(せみ)(さわ)ぐ吉野の風を吸い込めば
曇りしこころ吹きて消えゆく
横山敬史

国の史誠あふるるもののふは
吾の魂の基なりけり
上田邦明

多聞丸(たもんまる)(した)ふ学び舎出でてみれば
千早の城の雲晴れわたる
山本直人

み吉野の神の御神徳(みのり)に感謝毘(いやび)つつ
日本(やまと)の史を学び努めむ
川上宥汰(ゆうたい)

雨降るも神の縁(えにしか)秋雨に
濡れて光れる城のきざはし
三浦夏南(こなん)

いにしへの人の心を知るすべは
かにもかくにも旅にこそあれ
櫻井  颯(そう)

金剛山(こごせ)見てこれを守りし古への
もののふたちの強さ思ほゆ
川尻 登生(とうい)

楽しみは講話を終へて風呂に入り
四肢を伸ばして心凪(な)ぐとき
岩坪  凪

来しかたもまた行く末も願はくば
このひとみちをつつましくこそ
大番 彩香

もののふの心やどれるみよしのの
山でまなびしやまとだましひ
田村せんゆ

千早へと思ひを寄せて歩めども
雨の吉野の道はけはしき
速水 正弘

おほきみは民安かれと祈るなり
よろこび絶えぬ我は国民(くにたみ)
末定 清剛

先哲の国を想ひしみこころは
我が旅路から明日の旅へと
伊勢脇詠一

かなしみは唐(もろこし)よろこぶ世の中に
皇国(みくに)忘れる人を見るとき
筏井(いかだい)紀夫

湊川流るる水をうつし世の
人の鑑(かがみ)となすよしもがな
松村