巻頭言

二月号巻頭言「紀元節」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

今月は敢へて十年前の旧稿を一部改めて掲げる。建国記念日は、元の紀元節だ。

今の憲法制定時、日本の原案で祝祭日だつたのを占領軍は削除を命じた。だが昭和四十一年(一九六六)、国会の議をへて復活した。その決定打は、故田中卓教授の日本建国の日に最もふさはしいのは二月十一日だとの名証言だつた。それは神武天皇御即位日を皇紀元年元日とする記念日である。四方拝・天長節・明治節と並ぶ四大節の一つで、その日は、各小学校で式典があり、校長の教育勅語捧読、紀元節の歌斉唱、紅白のお饅頭を貰つて帰つた。

歌は、明治二十五年の小学唱歌集に出てゐるが、薩摩の歌人高崎正風作詞、長野県出身の伊沢修二作曲で、『古事記』『日本書紀』『万葉集』に見られる我が建国を称へる。かくも古く「くに」を成立させ、今に至る国家は世界に日本しかない。ドイツですら、二十世紀初頭までフィヒテの願ふ国民国家ではなかつたと、平泉先生は『萬物流轉』の中でマイネッケの『世界主義と国民国家』の初版本(一九〇八)と七版本(一九二八)の「国家理性」の議論の変化を吟味して論じられた。橋本景岳が「国こく是ぜ と申者は、国家祖宗の時既に成り居り候」と断じたが、それは日本なればこそ言へるのだ。

まことに、よろづの国にたぐひなき国を仰ぐ我等と、全小学校で歌つてゐるのか。