わが国の防衛について考えよう

廣瀬 誠/元自衛官

皆さんは、警察官や消防官そして自衛官が、災害の時に被災者を救助し、復旧作業を支援するのをニュース等で見たことがあるでしょう。彼らは、私共国民の生命や財産を守ってくれているのですが、その裏には、これら全体の対策を立てる人、救援物資を届けてくれる人、交通路の障害を取り除いて救急路を開いてくれる人、混乱の中で治療に当たる人等、そのほかにも多くの人々の努力があります。

このような国内の災害対策は、国家の重要な仕事の一つですが、国家には、いろいろな役割があります。国内の治安の維持や国を守る体制を整備し、教育制度や医療制度を整え、産業を育成し国土を整備し、貿易を促進し金融を安定する等多くの仕事があります。国がこれらのいろいろな役割をできるだけ広く行うべきだという考え方もあり、国は最小限のことをすれば良く、個人や民間の活力に任せるべきだとの考え方もあるでしょう。それでも、国は、少なくとも国内の治安を維持し、国外からの侵略を抑止し防衛する機能を保持して、国の独立と平和を維持し国民の生命と財産を守るという役割は、最小限持たなければならないということは、共通理解だといっていいでしょう。

そのわが国を防衛するという役割について、述べたいと思います。わが国の防衛について全体を理解するには、図版も多く平易に書かれている「防衛白書」を読んでいただくのが一番良いと思います。ここでは、「防衛白書」等ではすぐには理解しにくいと思われるわが国の防衛上の特性についてお話ししましょう。

防衛を考える道筋

それは、わが国防衛のための制度的な枠組みが、諸外国と比べて、かなり特殊なものであるということです。その一つは、国を守る方策を立てる場合の考え方の道筋についてです。わが国防衛の基本政策として、白書には、「これまでわが国は、憲法のもと専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に従い、日米安保体制を堅持するとともに、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、実効性の高い統合的な防衛力を効率的に整備してきている」と書かれています(令和元年度防衛白書 第Ⅱ部第1章)。では、これらの基本政策がどのように導き出されたかについて白書にはどう書かれているでしょうか。

防衛力の整備と日米同盟の必要性について触れた後、憲法と自衛権・自衛力の関係についての記述にそのほとんどを割いて、そのまま「基本政策」へとつながる記述となっています。国際関係を考える際には、各国がそれぞれの国益に基づき、どのように考え行動し、相互に反応するかを考えなければなりません。したがって、本来、防衛の基本政策は、わが国や同盟国及び周辺国の国力、地理的関係、脅威となる国等との相対的な防衛力比較、各国の軍事力の運用に関する考え方等を総合的・動態的に分析して、出てくるものです。しかし、わが国の防衛政策の基本を考える道筋は、憲法から説明されています。憲法が重要なのは当然ですが、基本政策を考える道筋として、合理的に考えられる方策を全て検討・分析し、最後に憲法等に基づく法的なチェックを行うようにするのが、合理的な考え方ではないかと思われます。

自衛隊と軍隊

次に挙げたいわが国の防衛に関する制度的な枠組みとしての特性は、「自衛隊は、軍隊ではない」とされていることです。わが国に対する侵略に対し防衛任務を担う自衛隊は、国際法に基づく共通のルールに従って行動しなければなりません。世界中の軍隊は、この共通のルールに従う義務があります。自衛隊は、防衛出動が命令されるまで、「軍隊」が一般に保有する機能・権限を持っていません。従って、それまでは「軍隊」と同じような行動はとれません。

また、「交戦権」が認められていません。白書では、「交戦権」とは、「交戦国が国際法上有する種々の権利の総称」であり、自衛隊が「自衛権」の行使として外国軍隊と同じ国際法上合法な行動を取っても、それは「交戦権」とは「別の観念」のものであると書かれています(「別の観念」が何かについては、触れられていません)。しかしながら、他国の軍隊と対峙(たいじ)・接触するような場面においては、お互いの行動を予想し、誤解や無益な混乱を避けるために、国際的なルールに対する理解を各国が共有することは大事なことなのです。スポーツで考えても、ルールの根拠が異なれば、相手の選手との間に無用の混乱が起きるだろうことは、すぐに理解できるでしょう。

この他、軍法会議がない等、わが国防衛の制度的な枠組みには、かなり特殊な面が見られます。それらの是非は、ここでは問いませんが、その特殊性を理解するためには、他国の防衛政策のほかに、わが国戦後の歴史、特に終戦直後から独立までの歴史の中で、憲法が制定される経緯や自衛隊が創設されるまでの沿革についても、知る必要があります。「主権者」である国民が、自国を守るということに高い関心を持つことは、民主主義国家として大切なことです。皆さん自ら調べ、そして自分の頭で、これらのことについて考えてほしいと思います。

最後に、「防衛」というものは、国家の重要な役割であること、これを考えるに当たっては、相手(脅威と考えられる国や同盟国等)があり、複雑な要素を総合的・合理的に幅広く考えることが重要であること、また、相手と共通のルールの基盤にたって行動できることが基本であり、それは無用な混乱を避けるためにとても大切であるということを改めて強調しておきたいと思います。