巻頭言

四月号巻頭言「二宮尊徳翁」解説
市 村 真 一 / 京都大学名誉教授 

今、世界は武漢ウイルスの恐怖に戦(おのの)いてゐる。こんな時、繙(ひもとく)に相応(ふさわし)いのは、二宮尊徳先生のお教へである。幸ひ、日本学叢書の第十三巻に、二宮先生の高弟斎藤高行の著『報徳外記(ほうとくがいき)』が選ばれてゐる。巻頭言は、その書の末尾、先生が「我が道の終はりなり」と言はれた一言を取つた。

通称二宮金次郎を知らぬ日本人はゐるまいが、ご生涯は、平泉先生も上掲書に解説されてゐるが、内村鑑三の『代表的日本人』にもある。外記一巻、報徳学のエッセンスを三点に凝縮する。第一、我が道は分度にあり、分度とは天命である。第二、人生の苦労の大半は経済活動だが、特に危機対策が重要である。即ち、盛衰、興復、勧課、挙直、開墾、治水、助貸、備荒、教化、全功にわたり詳論される。尊徳翁の実践の面目、実に見事である。第三、すべては報徳(報恩)のためである。

延期とはなつたが、今、日本はオリンピックの主催国として、いかに考へ発言するか、上記第二の各章を参考にして貰ひたい。この小文、その解説まではできない。又上掲書の編集補助者の所見には見当外れもあるが、斎藤氏の原文は見事である。