巻頭言

正月号巻頭言「鄧小平氏の来日落涙」解説
市村真一 / 京都大学名誉教授 

二十世紀の世界政治劇は、日露戦争で明けたが、敗れたロマノフ王朝はロシア革命で滅亡し、成立した共産主義政権ソ連も七十四年後に崩壊し、中東欧も離脱して、今やソ連圏は完全に消滅、一ロシア共和国を残すのみとなつた。驕おごるもの久しからず、盛じょう者しゃ必ひっ衰すいの理ことわり、古今東西変らない。

この百年史が学者、知識人に与へた貴重な教訓は、〈社会主義社会が現代社会に優るは幻想〉の一事だ。一九九〇年以後、世界の論調は一変し、社会主義礼賛論は消えた。

十年位前、モンペルラン・ソサイエティの東京総会でスウェーデンの学者が「私の周辺から自称社会主義者が消えました」と語つた時、「さう言へば、我々の周辺からも消えましたな」と笑つたのは、一橋大学の石弘光教授と私であつた。

しかし、中国の動きは微妙だつた。鄧小平氏は、実は欧州人より早く社会主義一辺倒を批判してゐた。毛沢東の大躍進政策や文化大革命の失敗が明らかになるや、学生や知識人の間に猛烈な批判が巻き起つた。

天安門事件が起つた時、鄧小平氏は時期尚早と見て弾圧を決断し、守旧派が一時制したが、彼の政策変更は我々ですら予想できた。彼の早世なかりせば、中国は別世界になつただらう。