巻頭言

五月号巻頭言「稲作農民の心情」解説
市村真一 / 京都大学名誉教授 

古伝によれば、我々の祖先は、日本を「とよあしはらの瑞穂の国」と呼んでゐた。日本人は二千年以上も前から、稲作農業に従事し、米を大事な食べ物として尊んできた。日本の国造りは、稲作の普及と殆ど同時進行だつたと言つてよい。当然、日本人の暮らしも心情も道徳も、稲作と密接不可分である。私自身、一九六八年(昭和四十三)、京都大学に移籍し、東南アジア研究センター所長に就任して以来、東南アジアの国々を歴訪し、村人に接するたびに同じ感慨を感じることが多かつた。

特に、一九六九~七五年頃、タイ・ジャワ島(インドネシア)・日本三カ国の農村の稲作の比較研究を企画実施した時は、農学部他の専門家の協力も得て、三カ国の農村を比較し、慎重に農作業の実態や物の考え方にまで立ち入り、詳細な質問票調査を実施した。驚いたのは、農民の勤勉と健全な考えであつた。官庁や大学で見る人々の振舞いと較べ、目を見張り、見直した。

巻頭言は、タイ国とジャワ島農民周知の「ことわざ」で、彼等は実践してゐた。ただ忍耐では、日本人は少し異なり、つらいのを我慢するだけでなく、待てばまたあるチャンスを期待するらしい。順境に用心、逆境に我慢とも言ふ。