今、国防のためにすべきいくつかのこと ― やっと中国の脅威に気付いた日本 ―

 桜林美佐/防衛問題研究家

中国の動きが大胆さを増す中、どのように日本の防衛をしていくのか、多くの人が危機を認識し始めています。数年前までニュース報道の現場に身を置いていた私にとっては、ある種の感慨深ささえ感じることです。長年の間、「中国の脅威」はメディアにおいて「触れるべきではない話題」だったからです。

それが今や、テレビの中の人たちも、ご近所の人たちも中国の増長に対する不安を口にするようになっている光景は、やっと日本人が分かってくれるようになったかという思いです。

その意味で、習近平国家主席の発言やその動きなどは、日本の強化を後押ししてくれているとも言えます。今はまさに日本国を戦後体制から建て直す、その時が到来したと言えるのではないでしょうか。

特に今年、二月一日から中国の「海警法」が施行されたことは衝撃的に報じられ、さらに日本人を覚醒させたように思います。

「海警法」で可能となったとされる権限は、「主権の侵害があれば武器使用を容認。攻撃されれば公船搭載の武器の使用も可能」「管轄する海域、島で外国が作った建築物は強制退去できる」「軍指導機関の命令で防衛作戦を行う」「管轄海域で法に反した他国の軍艦、非商業船を排除。船舶の航行制限や臨検可能」というものです。

いよいよ中国側が日本の船舶に対し武器を使用する可能性が表明され、日本人は狼狽(ろうばい)していますが、そもそも中国はすでに三十年近くも前から勝手な主張をし、それを自国の法律にしてきていたことはあまり語られていません。

中国政府が「中華人民共和国領海および接続水域法」を公布したのは、一九九二年のことでした。ここには尖閣諸島、台湾、東シナ海の島々などを自国の領土と書き込んでいます。そしてそれを既成事実化するように二〇〇八年以降は頻繁に尖閣付近に中国の船が現れ、日本の領海への侵入も行うようになっていました。

二〇一三年になると東シナ海上空に一方的に「防空識別圏」を設定しました。航空自衛隊は対領空侵犯措置を行い、主権の侵害を防いできたのです。私は那覇の自衛隊に宿泊したことがありますが、まだ寝床にいた早朝から緊急発進(スクランブル)の戦闘機が爆音とともに飛び立っていました。沖縄では一日に何度もこのスクランブルがある状況になっています(最近はスクランブルの基準を変更し、回数は減ったようですが)。

つまり、中国はもう何年も前から日本の領土・領海・領空を脅かし、それを正当化してきていて、自衛隊はそれに対峙してきたのです。しかし、政府も事荒立てじの姿勢でしたので、認識している国民が少なかったのが実情だと思います。

急がれる海保の強化

中国の「海警」は日本の海上保安庁にあたる機関でしたが、二〇一八年に中国中央軍事委員会の隷下にある武装警察に編入されました。以降の「海警」は「軍のようで、軍じゃない」という存在ということになりましたが、トップには海軍出身者が就き、船も退役した軍艦を改造しているため「第二海軍」と称されるようになりました。

これに対峙するのは海上保安庁です。ただし「海警」の船は排水量一万トン級の大型巡視船でもあり、海軍並みの七十六ミリ砲も備える一方で、海保は現在千五百トンほどの船で対処し、装備も二十ミリ機関砲程度です。そして、そもそも海警に対しては正当防衛など以外で武器の使用はできないことになっています。

海上保安庁法第二十条では「事態に応じ合理的に必要と判断される限度において」武器使用が認められているものの、軍艦や外国の公船はその範疇ではないとしているのです。この但し書きを、中国側もよく知っているはずです。

確かに、国際法である国連海洋法条約では、外国公船はたとえ他国の領海内であっても法的な地位を認められています。しかし、同法二十五条では外国船の「無害でない通航を防止するため、自国の領海内において必要な措置をとることができる」とも定めています。海保が外国の軍艦などに威嚇や船体射撃等の武器使用をしていいのかどうかは、あくまで海保法の但し書きで抑制しているもので、国際法上は明確には定められていませんが、いわゆる「実力行使」がなされたことは諸外国に数々の事例があります。国際裁判で争われているものもいくつかあって、判決はケースバイケースです。

日本では、国際法を改めて国内法で規定することが多くありますが、その際に解釈の矛盾が起きがちです。結果的に、国際法の精神に合致していないこともあります。いずれにしても、海保の機能強化が急がれるところです。現在、海保の予算は二千億円余となり、かねて「イージス艦一隻分」しかないと言われているように極めて小規模であり、また、国土交通省の外局である実情は変わっていません。

最大の問題と言えるのは、海保自身が武装の大胆な強化については消極的であることでしょう。

歴史をたどれば、海保は終戦直後の占領下に発足し、「再軍備ではない」ことを国内外に示す必要がありました。そのためマッカーサーは保安庁法二十五条を加え「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と念押しをしたのです。武器は小火器のみ、指導にあたった米沿岸警備隊の大佐が、「私でさえ海に出ることをためらう」と言ったほどでした。

「非軍事組織」としての教育が徹底されてきた海保では、強化せよと言っても限界があります。そもそも領域警備の任務が付与されているわけではなく、不法行為を取り締まる役割になっていますので、国として日本の海を守る組織の根本的なあり方を再考し、保安庁法二十五条を改めるか、国土交通省の外局ではなく海の守りの統一機関を作る方向で検討を進めるべきです。そしてそこには、海自のOBや退役護衛艦を活用するなど、柔軟性を求めたいところです。

懸念されるのは、日本が消極姿勢を続けることで、国内から反発する世論が沸き上がり、「自衛隊が前面に出て海警とやりあうべきだ」との声が強まることです。

これは、中国の罠にわざわざはまってしまうことになります。

現在の法体系でも、海保の手に負えない事態となった時に、海上自衛隊が「海上警備行動」や「治安出動」で対処することは理論上は可能かもしれませんが、中国海警局はあくまでも見た目には海上法執行機関です。それに対し、こちら側が「軍艦」たる護衛艦を出すことは、海上警備行動がいくら警察権の行使しかできないとはいえ、相手は、いえ世界の国々も「武力行使ができる」船が向かっていると受け止めるでしょう。

「軍艦」を出すことの意味は重いのです。例えば、巨大で重装備の米空母が「私は軍艦じゃない!巡視船だ!」と言って近付いてきても、信じられるものではありません。

台湾有事に現実味

「台湾有事」が現実味を帯びてきました。そして、これはそのまま「日本有事」を意味しています。

四月の日米首脳会談では、菅首相とバイデン大統領が「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」ことで一致しましたが、それに先立つ日米の外務・防衛閣僚による安全保障協議委員会(二プラス二)の共同文書で、すでに中国「海警法」への「深刻な懸念」と「台湾海峡の平和と安定の重要性」などが明記され、日米トップの合意へのお膳立てはできていました。

米国で中国への警戒感が高まっている背景には、アジア地域における米中の軍事バランスが急速に中国優位に傾いていることがあります。米軍はその軍事力をアジアだけでなく中東など世界に振り向けているため、総兵力は大きくても全てを対中国に投入するわけにはいかないのです。

時事通信が報じた米軍作成の二〇二五年時点の戦力予想によれば、西太平洋の空母は米国の一隻に対して中国は三隻。多機能戦闘艦は米国十二隻、中国百八隻など軒並み米軍を圧倒することになります。

上陸作戦に必要な中国の海兵隊機能も三万人規模に増強され、台湾海峡をめぐる戦いを想定した図上演習では、ここ数年、米軍側の惨敗が続いているのだそうです。現在、中国海軍の艦艇総数は約三百五十隻であり、米海軍は二百九十三隻です。米軍は増強を決めているものの短兵急にできるはずはなく、そして仮に艦艇を増やしても、米第七艦隊は中国の接近阻止戦略によるミサイル配備などで台湾に近づけない状況になってしまっていることは、日本にとって重大な問題です。

米国が中東地域に注意を向けている間に、またオバマ政権の「世界の警察官ではない」という方針を受け、中国が「力による現状変更」を実現させるための実力を増長させてきたのです。

軍事力のバランスが崩れることは紛争を招いてしまいます。「軍拡」と言えば聞こえは悪いですが、「平和のための軍拡」は大いにあり得るのです。

目の前の厳しい現実に、米・インド太平洋軍のデービットソン司令官(当時)は三月九日、米上院委員会の公聴会で「六年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と証言し、さらに二十三日には、その次の司令官に指名されたジョン・アキリーノ太平洋艦隊司令官(当時)が、中国による台湾侵攻は「多くの人が理解しているよりも差し迫っている」との考えを示しました。アジアの軍事バランスを熟知する軍トップの発言だけにリアリティがあり、衝撃が広がっています。

そして「平和のための軍拡」の必要性が高まっているのです。

他人事としか考えない日本人

ところで、中国による台湾統一が成功した場合のインパクトについては、日米ともに国民の認知が進んでいるとは言い難いと思います。

中国が台湾をわが物にすれば何の障害物もなく太平洋に出て行かれることになり、第一列島線を半分に切断することになります。つまり、アジア太平洋における米軍の最前線を分断することを意味するのです。かつて日本軍の航空機が台湾から飛び立ち、フィリピンの滑走路を破壊し尽した苦い経験からも、米国にとって台湾は死活的に重要な地です。

ましてわが国にとっては沖縄県・与那国島から約百十キロしか離れておらず、台湾が中国の手中に入れば中国は自由に太平洋に出ることができ、日本のシーレーンを支配することができるようになります。日本は命綱を中国に握られることになってしまうのです。

最近よく「米中冷戦」との言葉が聞かれ、まるで私たちとは関係ないかのような表現をしているようです。また相も変わらず「巻き込まれる」論も出ています。

しかし、このように「台湾有事」はそのまま「日本有事」であり、わが国は米中の狭間で揺れる小さい木の葉でも何でもなく、まさしく当事者なのです。

中国への警戒感は世界にも急速に広がっています。「クアッド」はその象徴的な枠組みです。

これは日本、米国、オーストラリア、インド四か国による安全保障の連携で「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)構想の下で構築されました。ここに、イギリス、ドイツ、フランスも強い関心を寄せ「クアッド+α」に進化しつつあります。

「クアッド」は「共通の価値観を重視する」国々の集まりであり、NATOのような軍事同盟ではないとしています。しかし、中国に与える印象は強烈で、習近平はクアッドが「アジア版NATO」となり、NATOにおけるロシアのように自国の包囲網を作られるのを阻止しようと、各国に様々な揺さぶりをしかけています。

中国の切り崩し戦略に屈しない結束が求められます。また、中国による侵攻は目に見える攻撃にはならないという予測もあります。ロシアがウクライナからクリミア半島を奪ったように、台湾の中から「中国と一緒になったほうが良い」という声があがるように持って行く方法です。事実、元海上自衛隊将官から聞いた話では、台湾海軍関係者から「中国を刺激しないで欲しい」と言われたといいます。内実をしっかり掌握しておく必要はありそうです。

いずれにしても「心理戦」「世論戦」「法律戦」の三戦をこれまで以上に駆使することは間違いありませんので、これに抗する戦略が求められてきています。

こうした中、米軍が二月に尖閣諸島上空から物資の投下訓練を実施したと報じられました。これはかなり踏み込んだ行動です。そして、こうした事実を「あえて報じさせる」ことにより、中国に対し、米軍は尖閣諸島に関与するという意志を示していると言えます。広報戦も始まっているのです。

一方、自衛隊はどうでしょうか。この時、陸上自衛隊にも共同訓練の打診があったようですが、該当する第一空挺団は何をしていたかというと、実際には鳥インフルエンザの災害派遣に追われていた頃でした。

自衛隊に鳥インフルの殺処分をさせるな

自衛隊に関しては、とりわけ陸上自衛隊は最近も災害派遣への期待が高まるばかりで、今年前半も新型コロナに関係する医官・看護官などの派遣をはじめ、鳥インフルエンザ、豚熱(豚コレラ)、そして山火事対応などが続きました。

中でも鳥インフルエンザは昨年末から大流行し、鶏の殺処分数は過去最多の九百七十万羽余だったといいます。養鶏場の数は全国一位が茨城、二位が千葉ということで自衛隊の災害派遣もこれらの地域に集中しました。精鋭部隊である第一空挺団は千葉県の習志野にあるため、作業の特質上、他地域の部隊が越境することもできないことから、彼らが繰り返し殺処分作業にあたらなくてはなりませんでした。

その間、訓練を止めることになります。こうした重要部隊を殺処分作業に貼り付けなければならないことは、一国民として忸怩(じくじ)たる思いです。自衛隊は無料で使えるため、「便利屋」のような感覚で要請されているのではないかという懸念は拭えません。

また、そもそも自衛隊は国の独立と主権を守り、平和を維持するための準備をする組織ですので、「あらゆる生命を尊重する」という意味でも、私は殺処分のための派遣には反対です。精神的にも追い詰められ苦しむ隊員も少なくありません。

一方、これらの派遣により、図らずもこれまで世の中に知られていなかった驚くべき事実も明らかになりました。畜産の現場には通常、一般人が立ち入ることは容易に許されませんでしたが、自衛隊が入ることにより見えてきたこともあったのです。

鶏は「バタリーケージ」と呼ばれるB5用紙一枚くらいのケージにぎゅうぎゅう詰めに入れられ、自分たちの糞尿の中でひしめいています。太らせるための餌で臓器不全となり死んでしまい、腐敗した鶏も同居しているといいます。

卵を産まなくなったら餓死させる、生きたまま焼却炉に投げ込んで焼き殺す、などが日常になっている養鶏場もあるといい、日本の一般的な養鶏場はとても良質な環境とは言えないことが分かったのです。

殺処分はどのように行なわれるか。まず鶏舎の換気を遮断します。「バタリーケージ」内の鶏たちはファンを止めれば窒息死するからです。

そして息も絶え絶えになったところで、すでに死んだ鶏も一緒にポリバケツに詰め込みます。

ケージは何段も重なっているため、天井近くの高所まで上って鶏を引っ張り出しますが、ファンを止めるタイミングが早すぎると鶏の腐敗が進みガスが溜まるためゲージにくっついてしまったり、死骸から血が噴き出し、血で染まった防護衣で作業する自衛官もいるといいます。

折しも、ロシアでは日本で流行しているのと同じ「H5N8型」で鳥から人への感染が確認されました。作業にあたる人には感染対策用の「タミフル」服用が推奨されているようですが、いつ国家の急に立ち向かうことになるか分からない彼らに、このような薬を飲ませなくてはならないこと自体、国の危機管理上の危うさを感じます。

日本は家畜動物の福祉後進国

ところで、日本の九〇%以上の養鶏場は「バタリーケージ」です。これは二〇一二年にEUで使用が禁止されたもので、諸外国では廃止の動きが広がっています。吉川貴盛元農林水産大臣が、鶏卵生産・販売大手のアキタフーズグループの前代表から数百万円の現金を受け取り在宅起訴されたのは、この「バタリーケージ」が大きく関係しています。

今、世界的に動物衛生の向上を目指す取り組みがあり、国際獣疫事務局(OIE)という組織が「アニマル・ウェルフェア(AW=快適性に配慮した家畜の飼養管理)という概念を打ち出しています。加盟国に、この基準に従うように促しているのです。

この基準が採択されると、ニワトリのための「巣箱」や「止まり木」を設置する必要が出てきます。

ところが「日本の鶏卵生産者に大きな打撃を与えることになる」として、アキタフーズが吉川氏に「反対して欲しい」と要望していたのです。

確かに日本は国土も狭く、欧米と一律に考えるのは無理があります。しかし一方で日本は今「クアッド」の取り組みを強化し、そのために「価値観外交」を展開しようと気勢を上げている立場です。欧米人から日本人も中国人も同じだと見られてしまう要素は、最大限減らす努力があって良いのではないでしょうか。

業界大手が卵を低コストに抑えてくれたことで、私たち消費者はその恩恵を受けてきました。しかし、その背景には現金の授受の他、農水省の職員と鶏卵業者との高級会食も行われていたことが明らかになりました。これで「価値観を共有しよう」という掛け声が諸外国に通用するのかどうか、疑問です。

「コスト重視」の果てに鳥インフル大量発生はあると言っても良く、そのツケを自衛隊が払っている構図になっているとすれば、看過するわけにはいきません。

 国防の任にあたる自衛官を、これ以上、鳥インフルの殺処分現場に赴かせたくはありません。畜産業のあり方そのものを根本から見直さなければ、これから先もずっと感染と派遣のイタチごっことなってしまうことを強く案じています。

何より、こうした動物福祉対策などの日本人にとって意外な側面、あまり重要視していなかった事柄が、外交・国防政策の足を引っ張るようなことにならないよう十分に注意を払う必要があると思います。

また、動物福祉も含めた環境問題は護憲派も改憲派も一致できる可能性を秘めています。

バイデン政権は環境政策を重視しているから、そのことによって日米同盟や対中国政策が疎かになるのではないかと懸念する声が出ているようですが、動物福祉を含めた環境問題全般は、日本にとっても無縁でないことは言うまでもなく、むしろわが国が一丸となり積極的にこの点でも関与するべきだと思います。

今の子供たちは学校で環境問題についてしっかり学んでいます。日本ではごみをポイ捨てなどする人は少ないのになぜ海洋汚染が問題になるのか、と訝(いぶか)しがる大人が多いですが、路上のプラスティックごみが海に流出する仕組みについては、子供のほうが知識を持っています。

こうした子供たちが担う将来は実に有望でしょう。それだけに、環境問題の授業と同じくらい国防についても教育がなされれば、どんなに良いだろうかと願って止みません。憲法改正の必要性はまさにこのためだと、改めて強く感じています。そのためには、改憲勢力が環境や動物の問題にも一層の関心を持つことも必要ではないかと思っています。