古典の日

 三浦夏南 /ひの心を継ぐ会会長

「古典の日」は、平成二十年(二〇〇八)に『源氏物語(げんじものがたり)』成立千年を記念して行われた「源氏物語千年紀記念式典」で宣言され、同二十四年に国の定める記念日となりました。古典の価値を再確認し、その素晴らしさを伝えて行くことを目的とした記念日です。

「古典」と聞けば、皆さんは何を思い浮かべますか。自分たちの生きている世界とは遠く離れた昔のことが書かれた本など、というイメージがあるかもしれません。古典は難しくて近づき難いものといったイメージを持っている人もいるでしょう。確かに昔の本なので、現在使われている言葉とは違うところも多く、読み解いて行くにはそれなりの努力が必要です。

しかし、古典はどれだけ時間と労力を費やしたとしても読むべき価値のある大切な書物です。永い時を経てもなお、多くの人に愛され続けているということは、時代や環境が移り変わっても、変わることのない生き方や考え方が書かれている証拠です。考えて見てください。本屋さんに行けば読み切れないほど多くの本が置かれています。しかし、この書店に並ぶ本たちの一体どれくらいが百年後も読まれているでしょうか。おそらくそのうちの〇・一パーセントも読まれていないでしょう。ほとんどの本が忘れ去られる運命にあります。
そんな状況の中で読まれ続けてきた古典には、それだけの価値があるということです。

おびただしい情報があふれ、何が正しく、何が誤りか判断の難しい社会の中で、数百年の歴史を超えても変わらない生き方を古典の中に見つけることが出来れば、それはあなたの人生の羅針盤(らしんばん)になるかもしれません。

「古典」と言えば、日本の伝統的なことが書いてあり、日本だけに通用するものであるから、グローバルな現代には必要無いのではないかと思っている人もいるかもしれません。しかし、日本の古くから変わらない生き方を学び、日本人として生きることは、世界の人々と共鳴して行く上でとても大切なことなのです。

理由を二つ挙げてみようと思います。一つは、日本人らしい生き方、考え方を知らない人間は世界では一人前として認めてもらえないということです。島国に住む日本人は日本人であることを当たり前と考えている人が多いですが、大陸に住み、陸続きで争いが絶えなかった世界の人たちは、自分たちの文化やアイデンティティを守る為に懸命に戦ってきました。そのため自分たちが何者であるかということを、強く意識して生きている人が多いのです。自分たちの伝統、文化を理解して現在を生きていない人は、知性のない人、責任感のない人と思われてしまいます。考えて見てください。あなたにイギリスの友人が出来たとして、あなたが聞いてみたいことは、イギリスの歴史や文化など、イギリス特有のことだと思います。その時に友人がイギリスの歴史や文化を知らず、日本の漫画の知識ばかりを話していると、その人の事をどう思うでしょうか。中身のない人間だと感じると思います。英語は上手に話せるけれど、日本を知らない日本人はこのように思われているということです。

二つ目は、日本人が長い間大切にしてきた価値観は、多くの部分が世界の人々の伝統的な価値観と共通しているということです。それぞれの文化の特徴がありながらも、その根幹には共通する考え方、生き方が存在しています。共通しているところを分かりあっているからこそ、違う部分を個性として尊重し合うことが出来るのです。もしこれが古典を学ばないで、世界に普遍的(ふへんてき)な価値が存在していることを知らないと、お互いの違うところばかりが気になって、争いが絶えないことになってしまいます。グローバルな社会で活躍したいと思っている人は、外国語の勉強も大切ですが、日本の古典を学び、己を知ることが最も大切です。

日本は長い歴史を誇る国です。日本が大切にしている古典も数えきれないほどあります。何から読み始めればよいかと、悩む人も多いと思います。「古典の日」のきっかけとなった『源氏物語』を読むのも素晴らしいでしょう。しかし、最後に私が勧めたいと思うのは、日本最古の古典である『古事記(こじき)』です。最も古く、最も尊ぶべき書『古事記』を古典の日をきっかけとして手に取ってみてください。そこには、変わることのない日本人の生き方が、美しい物語を通して描かれています。