ロシアによるウクライナ侵略は二十一世紀最大の暴挙であり、国際法違反だ。侵略国ロシアを決して許してはいけない。必ず敗北させ、痛い目に遭わせるべきだ。この戦争において、道徳的な観点から、善と悪ははっきりしており、侵略国ロシアは弁護する余地がない。同時に、この戦争は多くの国にとって、教訓となる。道徳的な観点とは別に、この戦争を見たら、何を学ぶべきか、同じ目に遭わないようにするにはどうすればよいのか、ということについて冷静に検証しなければならない。ロシアによるウクライナ侵略から日本が学ぶべき三つの点について論じたい。
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一つ目は、脅威を軽視してはいけないということだ。昨年からロシアは戦争の準備を行い、ウクライナとの国境付近で大きな兵力を集結していた。これについて、アメリカは早い段階で脅威に気づき、警鐘を鳴らしていた。アメリカは何度も、ロシアは本当にウクライナを侵略するつもりだと発表していた。
ロシアが西欧に対して主張した要求の内容はあまりにも非現実的すぎた。相手が呑むわけない要求をするということは、最初から衝突のつもりでいるという意味だ。ロシアは戦争の準備をしていた。しかし、アメリカ、イギリス以外の西側諸国は戦争の危機を軽視していた。何よりも、ウクライナ政府自体がロシアの脅威を軽視していた。アメリカは何度も、ロシアは本気で侵略するつもりだと警告していたにもかかわらず、ウクライナのゼレンスキー大統領は「煽る必要はない。ロシアの動きはちゃんと把握している」といったようなことを繰り返していた。
ゼレンスキーはプーチン大統領の意図を完全に見誤っていた。ゼレンスキーは、プーチンは単に西洋やウクライナを脅しているだけだと思っていた。おそらく、ゼレンスキーは、普通に論理的に考えていた。「ロシアは全面侵略をすれば、ロシアにとって損にしかならない」「ロシアが集結させた二十万人の兵力では、ウクライナ全土を制圧するには足りない」と彼は考えたのであろう。このとても論理的な考え方に基づいて、ゼレンスキーは全面侵略が起きないと見ていた。
ところがプーチンは合理的な判断ではなく、自分の野望を実現することを優先している。プーチンは損得勘定で考えないので、平気でロシアにとって損にしかならない戦争を起こす。このところを教訓として肝に銘じるべきだ。
「いくら独裁国でもそこまではしないだろう」と考えるのは禁物だ。独裁国はその性質上「そこまでする」のだ。これは日本にとっても他人事ではない。常識的に考えれば、中国、ロシアや北朝鮮は日本を攻撃することはないだろう。ところが、中露朝は時には常識を超えた非合理的な判断をする。
だから、日本は独裁国から合理性を期待するのではなく、独裁国が万が一の非合理的な判断をすることに備える必要がある。独裁国から侵略を受けた時の対策は、侵略が起きてからではなく、侵略が起きる前にしておかなければならない。
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二つ目は、戦争の結果は戦場で決まるのであり、軍事力強化は最優先ということだ。外交努力で、戦争を避けるのは一番いい。また、万が一衝突が起きたとしても、一刻も早く交渉を行い、早く終結させるのは最善だ。論理的にこれは正しいが、現実ではそう行かないことは多々ある。
ロシアによるウクライナ全面侵略の前から、西欧諸国は外交努力で戦争回避のために全力を尽くした。アメリカのバイデン大統領を始め、西側諸国の首脳はプーチンと話し合い、何とか戦争を思い止まらせるように動いた。しかし、この努力は無駄になり、プーチンは侵略を実行した。
つまり、現実では、どんなに外交努力を行っても、最初から侵略を行いたい独裁国があったら、侵略が実行される。独裁国が侵略するかどうかを判断する時に、侵略対象国の外交努力や譲歩する姿勢を全く考慮に入れない。独裁国の唯一の判断基準とは、「侵略は物理的に成功するかどうか」という一点だけだ。
だから、侵略を思い止まらせる唯一の手段は軍事力だ。また、侵略が実際に起きた場合も、自国を守る唯一の手段は戦闘で侵略者を食い止めることだけだ。外交交渉で戦争を止めることはできない。戦場で侵略軍を撃退し、侵略国に自国を征服できないということを思い知らせることができたら、その時に初めて外交交渉が成立する。
つまり、戦時中の外交交渉はあくまで、戦場における戦果を自国の国益に変えて、制度化する手段であり、戦争自体を止めるものではない。戦争の結果は戦場で決まる。ウクライナとロシアの戦争の結果も戦場で決まる。どこかの段階で交渉が行われるだろうが、これはあくまで片方が戦場で不利になって、大幅に譲歩する姿勢を示す時だけだ。
だから、戦争を回避するために、そして万が一、戦争が起きた場合に国を守り戦争を早く終わらせるためにもっとも必要なのは軍事力だ。当然、これは日本にとっても他人事ではない。日本も一刻も早く軍事力を強化しなければならない。日本の周りの独裁国は軍国主義路線を取り、明らかに領土拡張を狙っている。当然、日本も拡張主義の対象だ。
今の防衛体制では、日本は中露朝の侵略を食い止められるとは思えない。日本は防衛費を少なくとも倍増し、自衛隊の装備を充実させ、能力を強化しなければならない。日本の自衛隊には装備や消耗品は足りていないという話は常に聞く。これでは侵略者を止めることができない。
また、日本国民も脅威に気づき、防衛力強化を政府に求めなければならない。政府は世論に動かされているので、もし国民の世論がそれを求めれば、防衛力強化は難しくない。国民の正しい世論を実現するために、脅威を正確に知らせる適切な情報発信が必要だ。
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三つ目は、侵略された国は、国際社会から最大限の支援を受けるには自 国で必死に戦う覚悟を見せなければならないということだ。最近の国際社会の動きでそれはよく分かる。昨年のアフガニスタン民主政府は冷酷にアメリカに見捨てられた。何故か。それはアフガニスタン政府軍は自分で戦う意思がなかったからだ。
ロシアによるウクライナ侵略に対する国際社会の姿勢は、さらに分かりやすい。侵略の前に、英米は、ウクライナに対戦車ミサイルや対ヘリミサイルなどの携帯用の兵器を提供していた。つまり、ウクライナは正規軍の対決で敗北し、ゲリラ戦が行われると予測されたので、ゲリラ戦に合わせた兵器が提供された。
全面侵略が起きてから、最初の一週間は、兵器提供が止まった。何故なら、西側は、ウクライナは早くも敗北し、提供された武器がロシアに渡るということを恐れたのだ。武器提供が再開したのは、ウクライナが簡単に負けないことが明らかになってからだ。それでも、提供された兵器は主に携帯用のものだった。
しかし、携帯用の兵器では、攻撃してくる敵を迎え撃つことができても、すでに侵入して陣取った敵を叩くことができない。敵を叩くには、地対空ミサイル、戦車、榴弾砲やロケット砲などの重火器が必要だ。ウクライナは侵略開始の時点から、西側諸国に対して重火器を提供するように要請した。しかし、西側はそれに応じなかった。何故なら、ウクライナは勝てないと思ったからだ。
時間が経ち、ウクライナに勝つ可能性が出てきてから、四月にウクライナへの兵器提供が議論されるようになった。そして、実際に重火器の提供が行われはじめたのは五月だ。もちろん、西側による武器提供はまだまだ不十分だ。ウクライナが求めているような武器の種類も量も、まだ提供されていない。しかし、開戦当初から議論にさえならなかった重火器の提供は、実際に行われている。それを可能にしたのは、ウクライナ軍の必死な戦いぶりだ。
他国を支援する時に、支援提供国がその支援は効果があるのか、目的通りに使われるのか、ということを一番気にしている。支援しても負けそうな国に対しては、支援が行われない。だから、他国から最大限の支援を引き出すには、まずは本国が必死に戦う姿勢を見せ、敵を撃退できる能力を示さなければならない。
ウクライナの事例でこれは明らかになったが、日本にとっても他人事ではない。日本ではよく「日本が侵略されたらアメリカは守ってくれるのか」という議論があるが、この観点からの議論は無意味だ。「日本が侵略されたら、アメリカが日本を守る気になるにはどうすればいいのか」という議論をすべきだ。
まとめると、日本はウクライナの轍(てつ)を踏まないように脅威を軽視せずに、自国の防衛力を強化し、常に侵略者を撃退する覚悟を持たなければならない。平和を維持するのは無力ではなく、正当な力、抑止力なのだ。