『日本』令和元年10月号

御代替わりの本年は「天皇・皇室」について学び教える好機

橋本秀雄/元公立中学校長


去る六月十四日、NHKの放送文化研究所が第十回「日本人の意識調査」(平成三十年)の結果を公開した。この調査は日本人の生活や社会についての意見の動きをとらえるため、昭和四十八年(一九七三)から五年ごとに同じ質問、同じ方法(全国十六歳以上の国民五千四百名を抽出)で行われている。その中に「天皇に関する感情」という項目があり、「天皇に対して、現在、どのような感じをもっているか」という質問に、①「尊敬の念をもっている」、②「好感をもっている」、③「特に何も感じていない」、④「反感をもっている」、⑤「その他」、⑥「わからない、無回答」の六択で答えさせている。

調査結果の概要によれば、天皇に対して「尊敬の念をもっている」という人が、平成二十年以降増加していて、今回は四一%と四十五年間で最も高く、「好感をもっている」の三六%と合わせると、約八割の国民が良い感情を抱いていることが分かった。

この傾向は平成に入ってから始まっており、平成二十八年八月の陛下のビデオメッセージについてのNHKの世論調査によると、「平成に入ってから皇室と国民の距離が近くなった」と七九・二%が答えており、天皇としての務めを全力で果たされた上皇・上皇后両陛下のお力によるものと考えられる。

さらに本年の五月一日、御譲位による御代替わりが実現し、新たに天皇・皇后となられた両陛下が、令和の新時代を見事に歩み出されたことを、国民の多くが好感と期待をもって見守っている。

このように現在の皇室への高い支持は、皇族の方々のご努力によるところが大きいが、我々国民の側は何を為すべきだったのか。それぞれの立場で考えなければならないが、学校教育にあっては、「天皇・皇室」への正しい理解を図ることである。日本国憲法の第一章に「天皇」と明記された意義を国民は知らなければならない。その任務は文科省を始め、行政・学校が負っている。

文科省の『小学校学習指導要領』(平成二十九年三月告示)によると、第2節「社会」の6年生の内容(1)―公民分野―(分野の記入は筆者)に「(ア)日本国憲法は国家の理想、天皇の地位、国民としての権利及び義務など国家や国民生活の基本を定めていることや、現在の我が国の民主政治は日本国憲法の基本的な考え方に基づいていることを理解するとともに、立法、行政、司法の三権がそれぞれに役割を果たしていることを理解すること」とあり、同じく内容の(2)―歴史分野―のアに「(イ)大陸文化の摂取、大化の改新、大仏造営の様子を手掛かりに、天皇を中心とした政治が確立されたことを理解すること」と二箇所で天皇に関わる指導内容を示している。

そして、「内容の取り扱い」では、「イ アの(ア)「天皇の地位」については、日本国憲法に定める天皇の国事に関する行為など児童に理解しやすい事項を取り上げ、歴史に関する学習との関連も図りながら、天皇についての理解と敬愛の念を深めるようにすること」の指導を十分に行うことを指示している。学習指導要領は十年毎に見直されているが、この記述は平成元年の学習指導要領から続いており、それにそって教科書が作成され、児童に指導をしてきたのである。

本年六月、来年度から小学校で使用される教科書が各地の教科書センターで公開された。社会科は東京書籍、日本文教出版、教育図書の三社が出しており、その関連箇所を比較しながら読んでみた。

三社で編集の仕方に違いはあるが、公民分野の記述は、ほぼ「日本国憲法では、天皇は、日本の国や国民のまとまりの象徴であり、政治については権限はなく、内閣の助言と承認のもとに憲法で定められた仕事(国事行為)を行う」という内容であった。そして、資料として「国事行為」の内容のわかる表や写真(国会の開会、文化勲章の授与、被災地の訪問など)が付けてある。いずれも「国民主権」の説明の中の一部であって、憲法第一章の国柄を示す重要な規定に定められているという説明はない。

歴史分野では、三社とも①むらが発達して豪族となり、大和地方の強力な豪族が日本を統一していった。その中心人物が大王、後の天皇である。②天皇の子であった聖徳太子が大陸の文化を取り入れながら、天皇中心の政治を整えていった。③蘇我氏のような天皇をおびやかす豪族を、中大兄皇子などが排除してさらに天皇中心の統一国家をつくっていった――という流れでほぼ同一である。肝心の日本を統一した大王の御子孫が天皇として今日まで連綿と続いているという事実は触れられていない。唯一東京書籍の囲み記事「天皇の名称」の中に「その地位は、時代をこえて続きました」とあった。

東京書籍の教科書で十年前と比べて変わった点に、天皇の仕事を紹介するため「被災者を訪問し、人々をはげます天皇・皇后両陛下」という説明入りの写真がある。このような国民に親しく接されるお姿を掲載したのは、阪神淡路大震災以後、日本各地の被災地にお見舞いのため行幸啓なされることが多かったこともあるが、学習指導要領の「理解と敬愛の念を深める」のに相応しいと考えたのであろう。しかし、表題に「天皇・皇后両陛下」と敬称はあるが、敬語を使用していない。その点、日本文化出版は表題を「訪問される天皇・皇后両陛下」としてあるのだが、中の説明で敬語を省いている。せっかく児童が敬愛の念を感じる場面で、教科書が敬意を表しないようでは指導要領の趣旨にそわないのではないか。

いずれにしても現行の教科書は、「天皇・皇室」についての指導に関して極力おさえたあいまいな扱いであり、敬愛の念を深めることができるような教材とは言い難いのである。

さて十月二十二日には「即位礼正殿の儀」が行われ、特例の休日となる。また十一月十四日、十五日と「大嘗祭」が行われる。五月の御代替わりの儀式の折には、文部科学省から四月二十二日付で「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に際しての学校における児童生徒への指導について(通知)」が各都道府県教育委員会等に出された。そこには「天皇の退位等に関する皇室典範特例法の趣旨を説明した上で、「各学校においては、あらかじめ適宜な方法により、本特例法に基づく天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位について、また、御退位に際し、本休日法の趣旨を踏まえ国民こぞって祝意を表する意義について、児童生徒に理解させるようにすることが適当と思われますので、あわせてよろしく御配意願います」とあった。通知した事は良いとして、その発信日からすると、各都道府県教委から市町村教委を経て学校現場に着く頃には連休に入る直前になったと思われる。したがって、御代替わりの理由や儀式の意義など、指導内容と場を準備して連休前に指導することは困難であっただろう。

この通知は十月の「即位礼正殿の儀」にあたっても指導を求めており、今度こそは各学校で十分に準備をして指導にあたって欲しいものである。ただ通知文に添付された資料は、「天皇の退位等に関する特例法」、「天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする法律」などであって、児童生徒に国民こぞって祝意を表する意義をどのように説明したらよいかは示されていない。なぜ祝意を表するのかを児童に理解させるには、天皇や皇室について我々国民とどのようなつながりがあるのかを、御歴代天皇のエピソードを交えて具体的に語る必要があろう。たとえば国民への思いを述べられた御製、昭和天皇のマッカーサーとの会見、平成の天皇が石清水八幡宮を御親拝になられ、被災地に度々行幸をされたことなど、今は各種図書・インターネットで容易に調べることができる。

本年は新天皇の即位と改元があり、この秋には「即位礼正殿の儀」、「大嘗祭」と歴史的な行事が続く。それだけメディアが多く取り上げ、子供達はそれを目や耳にして興味関心を高めることだろう。今は「天皇・皇室」への正しい理解と敬愛の念を深める好機なのである。子供達の疑問に十分答えられるよう、教師も親も改めて「天皇・皇室」を学び直し、分かりやすく語っていきたいものである。