9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和3年12月号

令和三年に於ける内外情勢を顧みて

 永江太郎 /(一財)日本学協会理事


令和三年の国内問題は、何と言つても武漢コロナの猖獗であらう。まさにコロナに明けコロナに暮れた一年であつた。その中でコロナを克服してオリンピックとパラリンピックを開催し、見事に成功させてコロナに負けない日本の姿を世界に発信できたのは、菅義偉政権の功績として評価して良いであらう。それだけに、パラリンピックの閉会式直前の菅首相の自民党総裁選不出馬の発表は青天の霹靂であつた。

我が国のコロナ感染者は、オリンピック開催期間の八月十三日には、東京だけで五千五百人を超えた。しかし、その後はワクチン接種の普及で九月から減少に転じ、十月中旬の段階では、全国の感染者総数が百七十万人前後に留まつてゐる。それでも、死者の総数が一万八千人を超えた事は誠に痛ましい。しかし、海外ではアメリカの感染者は四千四百万人以上で死者が七十二万人、ブラジルの死者六十万人は特別としても、人口が日本の半分といふ欧州のフランスや英国でも、感染者は七~八百万人を超えて、死者も十一から十三万人を大きく上回つてゐることを考へれば、格段に少ないと言つて良い。

しかも、その後は感染者も死者も確実に減り、十月一日には緊急事態宣言が解除され、二十五日には飲食店の時短要請も解かれて、少なくとも第五波は終息した。

このやうな我が国の現状を見ると、昨年は日本人の自制心が自粛の効果を発揮したが、流石に今年は自粛疲れで、夏には路上飲みが流行して感染が再拡大し、長期持久に弱いといふ日本人の欠陥を露呈してしまつた。

ワクチン接種に最も熱心であつた菅首相が、早期に退陣した理由の一つは、コロナへの対応が後手後手といふ印象を国民に与へた事であらう。確かに、国家の総予備と言ふべき自衛隊の活用についてもタイミングを失した感がある。ワクチンの接種が行き詰まつた時に行はれた自衛隊の大規模接種センターの設置は、もつと早く実施すべきであつた。それが遅れた事を、事情を知らない世論が遅いと感じたのはやむを得まい。

決断の遅れによる更に重大な失態は、アフガニスタンへの自衛隊機派遣の遅れであらう。一日の遅れで救出予定の五百人の空輸ができなかつたのである。その原因は、当日に起きた自爆のトラブルとされてゐるが、真の原因は、法律上の検討と称して憲法や自衛隊法の審議から始めるからである。そして実施できない理由が、まづ提起されて審議に時間を空費し、派遣の時機が遅れたのである。湾岸戦争などの先例にもある通り、「結局実施できた」のにである。

これらの外政を担当する者に必要不可欠な要件は、厳選された世界の外交官に対抗できる能力、特に胆力である。決裂の瀬戸際までギリギリのところを攻めてくる中国やロシアの外交官に負けない外交官が育つてゐるのか。アフガンでの対応に見る現地外交官の実態には憂慮に堪へない。

アフガンでは、米国のバイデン大統領が、四月に米軍撤退を表明すると、アフガン政権は忽ち崩壊し、八月十五日には早くもタリバンがカブールを制圧した。すると日本大使館では二日後の十七日、日本人の職員十二人が現地スタッフを置き去りにして、アラブ首長国連邦(UAE)に避難したのである。大使館の職員は、日本人だけでなく現地採用の通訳や警備などのアフガンの人も一体となつて業務を遂行してゐるので、タリバンによる危険性は、逸早く避難した外交官が一番良く知つてゐる筈である。彼らは現地の関係者とその家族をどう避難させる積りだつたのであらうか。カブールの空港で、自衛隊機を受け入れて燃料などを補給し、自衛隊機への収容者名簿を作成し、搭乗前に点呼をして全員の安全を認する責任者は誰だつたのか。その詳細は知る由もないが、少なくとも大使以下の主要幹部の動向だけは詳細な報告が必要であらう。

アフガン駐在の米国大使は、米国関係者の避難を確認して、三十日に最後の米軍輸送機で出国した。英国やドイツ、フランスなどは既に救出を完了し、韓国も避難を済ませてゐる中で、日本だけが自衛隊の輸送機を派遣しながら一日遅れで救出に失敗したのである。

本国からの救援機派遣の遅れもあるが、一番の問題は、日本大使館の外交官が、現地法人の在留邦人やタリバンの危険が迫るアフガン人職員の救出よりも、自分達日本人職員の安全を優先した事である。順序が逆ではないのか。これが世界中に展開してゐる在外公館の外交官の実態であらうか。

今回の根本的問題は、自衛隊の海外派遣が自衛隊法で厳しく抑制されてゐる事にあるが、それは日本の再軍備を恐れた占領軍が憲法第九条を強要したからである。それは今では周知の事実であり、何度も指摘してゐるのでここでは論じない。

自衛隊には、危険な時こそ活動が求められる。国民の信任を得た岸田内閣には、コロナ後の経済復興と極東アジアの平和維持といふ課題が待ち受けてゐる。最も懸念されるのが、中国が内政問題と主張する台湾侵攻の野望である。中国の主張する内政問題では、尖閣諸島や南シナ海も中国の領域となる。このやうな国際的秩序もルールも無視した独善は、戦争を覚悟しても防がなければならない。極東アジアの平和の要である台湾問題での譲歩は、第三次世界大戦の誘因となる危険性があるからである。

菅首相の任期満了に伴ふ自民党総裁選は、九月二十九日に行はれて岸田文雄氏が選出され、十月早々には新内閣が発足した。そして下旬には衆議院議員の任期満了に伴ふ総選挙が実施された。その結果は、野党の躍進を期待するマスコミの予想を裏切つて、自民党が絶対的安定多数の二百六十一議席を確保し、野党第一党の立憲民主党は共産党との共闘が裏目に出て敗北し、日本維新の会が躍進した。

衆議院選挙における野党の公約は、財務省の現職事務次官が「このままでは国家財政は破綻する」との論文を『文藝春秋』十一月号に掲載して、その無責任なバラマキ公約を批判した程の酷いものであつた。財源を全く無視しただけでなく、野党第一党の立憲民主党などは、同一労働同一賃金といふ既に破綻してゐるマルクス経済学の労働価値説を臆面もなく選挙公約に掲げる始末であつた。

人口、経済力、軍事力共に国際社会の大国である日本には、大国として果たすべき責務と期待があり、野党にもその自覚が必要である。国家の根本的問題で対立する野党には、政権交代の資格はない。立憲民主党に代表される野党には、平成二十一年に誕生した民主党政権で、首相となつた鳩山由紀夫氏が沖縄の普天間基地移設問題に関する無責任な発言で辞職した記憶はないのであらうか。

令和三年の結びは、御結婚された秋篠宮家の眞子内親王殿下に慶祝の意を表すべきであらう。しかしながら、御婚約に当る納采の儀から宮中三殿の儀などの御婚儀にいたる全ての儀式が行はれず、御結婚後に元皇族の品位を保持するために必要な一時金も御辞退といふ異常な事態になつたことは誠に残念である。皇嗣殿下が異例の御結婚を最終的に承認されたのは、内親王殿下の御病気に配慮されたからであると拝察するが、さうであれば御結婚は終はりではなく始まりであらう。先づは御病気の治療とともにニューヨークでの御生活には、格段の配慮が望まれる。特に、英国のダイアナ妃を事故死に至らしめたパパラッチへの対策や日常生活のサポート、護衛などをどうするのか。既に万全の準備・対策がなされてゐると信じるが、宮内庁と外務省の責務は重い。