『日本』令和3年1月号

令和三年の課題は、中国の脅威に対する正しい認識

永江太郎 /(一財)日本学協会理事


令和三年の新春を迎えたが、慶祝の前に立ちふさがっているのが、中国発の武漢コロナである。新年早々の恒例行事である宮中の一般参賀も中止になった。アメリカでは現職大統領が落選した。中国は益々攻撃的になっている。これらは次元が異なるようであるが、根底において今年が激動の一年になるという予感を感じさせる。オリンピックが試金石となるであろう。中国の動きに目が離せない所以である。


昨秋、防衛研究所が、年次報告書「中国安全保障二〇二一」を発表した。昨年七月に中国が公表した「新時代の国防白書」に基づいて、人民解放軍が科学技術を核心とした軍事力の強化、先端技術の軍事利用を促進する軍民融合、国有企業による海外企業の買収・子会社化、高度な技術を持つ人材を招聘する千人計画などを進めていると指摘している。千人計画はともかく、中国が科学技術に覚醒して、欧米と日本を相手に、留学による人材の育成と最先端技術の窃取を始めた契機が湾岸戦争であることは、本誌で度々指摘した事である。鄧小平の指導下で急速な近代化を始めてから四十年、今や中国は世界の最先端をゆく軍事大国となった。


かくして、習近平の中国共産党はユーラシア大陸に中華大帝国の建設を夢みるまでになった。しかし、中国の欠陥は、世界の最先端技術の窃取や進出企業からの技術移転など模倣の部分が多く、基礎的研究の積み重ねに欠けている事であろう。米国が要求する知的財産権の保護を拒否するのはそのためであり、千人計画の発想もこれらの欠陥を補うために、国外の研究者を招集して中国の先端技術の向上に協力させることであろう。日本の国立大学などが軍学共同研究をしている中国の大学と研究交流協定を結び、自衛隊との共同研究に反対する日本学術会議の会員が、千人計画に嬉々として参加協力している。


一帯一路の計画を推進した中華大帝国の夢は、既に西は陸路がEUに接し、南回りの海路は地中海に達している。残っているのは、東の太平洋への進出であるが、中国の海軍が東シナ海から太平洋へ進出する進路に蓋をしているのが沖縄列島である。中国が絶対に確保すべき第一列島線に指定しているのはそのためである。米ソ冷戦時代のオホーツク海はソ連海軍の内海であったが、東シナ海は中国海軍の内海にすらなっていない。


中国の抱く中華大帝国建設の夢が、今では中国共産党正当性の証となっている以上、沖縄争奪戦は必ず起こると覚悟しなければならない。沖縄には米空軍の嘉手納基地と海兵隊の基地があるので、米中戦争を覚悟しない限り中国の沖縄侵攻はできない。問題は尖閣諸島の争奪が前哨戦となる場合であろう。我が国が自衛権を発動するのか。米軍が掩護してくれるのか。中国は、我が国と米国の覚悟を見極めようとしているのではないか。連日の中国公船による執拗な尖閣領域への侵入も、昨年十一月二十五日の日中外相会談における王毅外相の日本漁船の進入禁止の発言も、その目的は同じ挑発であろう。マスコミ報道を見る限り茂木外相の反論は弱すぎた。軍事的紛争は断固として防ぎたい。そのためには、中国の自制が絶対不可欠だという激論が足りない。


我が国が国土防衛の覚悟を示す最も効果的な方法、それは憲法第九条の改正である。自衛権だけでなく交戦権を認めて自衛隊に敵基地攻撃能力を与える事で、中国に日本の意思を明確に伝える事が、日中の武力衝突を防ぐ最善にして最も確実な方法である事をもっと自覚するべきであろう。


今の我々日本人に必要な事は、中国に幻想を抱かず実際の行動を直視して、共産党独裁国家中国と漢民族の本質・本性を見極める事である。


第一は、武漢から世界中に広まった新型コロナウイルスの対応である。既に前号でも論じたので次の点だけを指摘したい。それは、米国にはトランプ大統領を筆頭に衛生戦争で中国に敗れたという認識がないことである。第一次世界大戦から登場した近代兵器には、核兵器、生物細菌兵器、毒ガス兵器の三大兵器(NBC)がある。武漢コロナを細菌兵器と考えて衛生戦争という視点に立てば、米国の犠牲者三十一万余名は第二次世界大戦の戦死者二十九万余名を上回る、正に戦死である。トランプ氏の大統領選敗北は、中国を批判するばかりで、自国民を衛生戦争から守る事を忘れていたからではあるまいか。


その第二は、十二月一日から施行と伝えられる輸出管理法である。輸出規制は安全保障などで国家に当然の権利であるが、今回の場合は、その趣旨も内容も明かさないで好き勝手に運用できる共産党特有の法律である。すぐに連想されるのは、この法律とは別に、中国は既に豪州からの食肉の輸入を制限し、秋にはワインに安値販売という難癖をつけた。その理由は、豪州政府が武漢で発生した新型コロナウイルスの国際査察という最も触れて欲しくない問題を提起したからである。なぜ第三者の調査を嫌がるのか。ここに中国の弱点がある。


しかし我が国の経済界は、中国の機嫌を損ねないようにしなければ、報復があると恐れているのではあるまいか。対応策としては、あらゆる面で対中依存度を下げることであるが、既に余りにも深く取り込まれているのではないか。それでも対中依存度を下げる努力が必要である。


第三は、中国最大の弱点となった香港であろう。一国二制度を廃止しなければ、現状では香港を統治できなくなった。雨傘運動は明らかに中国共産党の独裁に対する香港市民の反対運動であり、激しいデモ行進は天安門事件につながる共産党の支配に対する抵抗運動である。ここで共産党の支配を許せば、本国同様に共産党に反対する自由を奪われた奴隷社会になるという恐れであろう。共産党独裁の悲劇は、ソ連で実証されている筈であるが、我が国には社会主義の幻想から抜け出せない人がまだまだ多い。日本共産党は支配者を夢見る確信犯であるから仕方がないが、日本の弱体化を目指す護憲派と称する人々はその代表である。共産党の独裁国家には、共産党に反対する自由がない、自己主張ができない社会、即ち支配者たる共産党と自由なき民、即ち奴隷で構成される社会である。中国には共産党を批判する自由がない事は、民主派の弁護士が収監されている事実、香港でも多くの学生がデモ扇動の名目で逮捕、収監されている事実が証明している。「リンゴ日報」の創業者黎智英氏も逮捕収監された。


北朝鮮でも、金正恩を批判すれば即座に強制収容所である。中国ではウイグルの強制収容所が有名であるが、かつてソ連には「収容所群島」の異名があった。独裁国家は例外なく公安警察と軍隊で、反対する自由を抑圧しているが、問題は国際社会が全く無力で放置している事であろう。しかし今の日本人の多くも他人事として見ており、北朝鮮の拉致にすら関心が低い。いつから我々はこんな無気力な人間になったのであろうか。少なくとも戦前の日本人であれば、このような理不尽な行為は絶対に許さなかったであろう。それが武力紛争になったのも事実であるが、満州事変や支那事変の背景には当時の日本人の正義感があった事は指摘しておきたい。


想えば百七十年前の幕末期、鎖国を国是とした徳川幕府の統治下で二百五十年の平穏な時代が続いていた。その間にアジア一帯は、西欧列強に蹂躙され帝国主義の荒波は目前に迫っていたが、その脅威に目をつむって泰平を謳歌していた幕府と江戸市民は、嘉永六年に出現した米国のペリー提督率いる四隻の黒船に、正に驚き慌てたのである。「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)たった四杯で夜も寝られず」と周章狼狽した。しかし、ペリー艦隊が帰国すると再び偸安(とうあん)の夢を追い求めた。あまつさえ、警鐘を鳴らす人々を拘禁・処刑したのである。それから十年、明治維新は実現したが、自主独立のために目指した富国強兵の実現には、日清・日露の二大戦役が必要であった。戦後七十年、軍事大国の夢破れた日本は改めて経済大国を目指したが、四十年で挫折した。その結果、今や中国が新しい脅威となっている。