9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和4年正月号

 「列島国家」日本の宿命     台湾海峡波高し~日本列島の生命線を守れるか~

 永江太郎 /(一財)日本学協会理事


令和四年の新春を迎へて、今年の宮中参賀には、成人になられた敬宮愛子内親王殿下が参加されて、一段と華やかになることを期待したが、残念ながら中止となつた。内外情勢の厳しさは相変らずである。昨秋には、デルタ型のコロナが鎮静化して一安心と思つてゐたが、南アフリカで新たに発見されたオミクロン株が流行の兆しをみせてゐる。年末年始には、第六波も予想されてゐたので、油断は禁物であらう。

武漢コロナのパンデミックは、世界人類の災禍であるが、中国は貧しいアフリカにワクチンを提供する事で、抜かりなく国連での多数派工作を始めてゐる。しかし、それらの国々は、既に返済不能といはれる莫大な対中借款を抱へてゐる。貧しいアフリカが本当に自立・発展するには、下心のある外国に頼らず自力で立ち上がる外はあるまい。


奇しくも昨年十一月、靖国神社の拝殿に明治天皇の次の御製が掲げられた。

  国ごとにくにをまもりてよもの海 しづかなる世ぞうれしかりけり

この御製は、日露戦争直前の明治三十六年、国力、特に陸軍兵力は十倍以上といふロシア帝国を相手に開戦の決断を迫られてゐた時に、明治天皇が詠まれた和歌で、世界中の国々が自分の国をシッカリ護れば世界は平和なのにといふ御気持ちが溢れてゐる。その当時は、事大主義の朝鮮が半島国家の宿命と日本の警告を無視してロシアに頼り、日露開戦の危機を招いてゐる最中であつた。

しかし今日の日本人の問題は、半島国家の宿命を放棄して日露大戦争を招いた韓国を批判するよりも、二十一世紀を迎へた我々日本人が、極東アジアの平和を守るのは列島国家日本の責務であると、本当に理解してゐるかどうかであらう。

明治天皇には、翌三十七年に詠まれた「よもの海みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」の御製があり、大東亜戦争の開戦を決定する第一回御前会議の席上で、昭和天皇が和平優先のお気持ちを披瀝された事で有名である。

明治期の日韓関係は複雑であつた。朝鮮半島が大陸国家の対日侵略の根拠地である事は、白村江や元寇で証明されてゐたが、韓国政府には列強に侵略されやすい半島国家といふ認識がなく、自らを守る自主独立の意欲も気概もなかつた。それが日清戦争を招き、日露戦争の根本的な原因となるのである。朝鮮半島が日本の安危を決する要地であり、我が国は列強の進出を絶対に容認しないと知りながら、日本の意思と能力を軽視したからである。

華夷秩序が破綻してゐる現実と半島国家の宿命を理解できなかつた朝鮮が、東夷である島国日本の支配を忌避したい一念だけで、大陸国家に依存して日清・日露戦争を招いたのである。


第二次世界大戦後の世界は、終戦直後から米ソの対立が始まり東西冷戦の時代となつた。

それが冷戦のままで終はつたのは、米ソの軍事バランスが取れてゐたからである。欧州ではNATO(北大西洋条約機構)軍が結成されてソ連軍の進出を抑止し、アジアでは日米同盟と日本列島が、ソ連軍をシベリアとオホーツク海に閉じ込めたのである。そして平成三年(一九九一)、経済力に劣るソ連が崩壊して東西冷戦が終はつたが、ソ連の後に台頭したのが中国である。

その頃の中国では、十年近く続いた文化大革命が終はり、自由化が進むと期待されてゐたが、平成元年に天安門事件が起こると、中国共産党は本性を剝き出しにして弾圧した。この時から実力行使を担つた人民解放軍の力が強くなつたのである。それまで中国共産党の指導に服してゐた軍人達が、直後の平成三年の湾岸戦争で近代軍の圧倒的戦力を見て、毛沢東以来の人海戦術を徹底批判して軍近代化への軍事改革を主張し始めた。

それから三十年、人民解放軍は紅軍から完全に脱皮し、今や米軍と肩を並べる近代軍となつた中国軍は、東シナ海と南シナ海を制覇して西太平洋へ進出しようとしてゐる。一帯一路の大戦略が行き詰まりを見せ、西方の欧州方面への勢力拡大が制約されてゐる中国が、十四億を超える人口圧力と過剰な軍事力のはけ口を、極東に指向するのは力学的に当然である。それを妨害してゐるのが、北端の九州から南端の台湾に至る沖縄列島の存在で、正に列島国家日本が第一線となつて、地形的に大陸国家中国の太平洋進出を抑止してゐるのである。中国海軍が東シナ海の沿岸海軍(コーストネービー)から西太平洋の大洋海軍(オーシャンネービー)へと脱皮・躍進するためには、第一列島線即ち九州から台湾に至る「要線」、特に沖縄と台湾を確保することが絶対不可欠であるが、障害となるのが嘉手納の空軍基地と米第七艦隊である。中国が空母を建造し極超音速ミサイルを配備するのは、その対策であらう。

我々が最も警戒し注意しなければならないことは、米軍が介入する前に短時間で台湾が武力占領され既成事実化される事であらう。


中国の野心を防いでゐるのが、直接的には九州と台湾を結ぶ沖縄列島であり、地政学的には列島国家日本の存在であるが、弱点は南端でしかも突角(とっかく)となる台湾である。

二十一世紀のわが日本の使命は、極東アジアの戦争を防ぎ平和を守ることであり、我が国にはそれを成し遂げる力がある。中国は人口は十倍、経済力は二倍になるかも知れない。軍事力の差は更に大きいが、中国が戦争への誘惑に負けるとすれば、極東における米軍・日本軍(自衛隊)との軍事力バランスが崩れて、少なくとも三倍の戦力差が出来て、中国絶対優利の態勢となつた時であらう。言葉を換へれば、日本が軍事力を強化して米軍の軍事力を補完し、中国との戦力格差を広げない努力をすれば、それだけで武力衝突を防ぎ、平和を維持できるのである。経済的負担も圧倒的に少ない。

この微妙な軍事バランスを支へて極東の平和を守つてゐるのが日本であるが、残念ながら二十一世紀の今の日本人にはその自覚がない。昨年十月の衆議院選挙で、十年後の我が国の姿を聞かれた各政党の党首は、すべて現在の平和が続く前提で回答し、世論調査でも国民の関心は経済が第一で、安全保障関係は第四位で僅か六%であつた。平和と戦争といふ問題に、余りにも鈍感である。


これからの十年といふ歳月は、思ひ起こせば京城事件から日清戦争までの期間であり、三国干渉から日露戦争までの期間である。そして第一次世界大戦までの期間でもある。今後十年、油断は禁物であらう。ユーラシア大帝国の夢を抱く中国の意思と能力を軽視してはならない。