9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和4年9月号

安倍元首相の国葬を暴挙への怒りの場に

宮地 忍  /元名古屋文理大学教授


七月の参議院選挙の投票日を前に、安倍晋三元首相が射殺された。犯人は宗教団体への恨みだったと供述しているが、特異な教団と政治家の関係、要人警護のあり方、国葬で見送ることなど、議論が続いている。類似の事件を防ぐためには、我々は何ができるのだろうか。元首相の国葬を、暴挙への驚きと怒りを新たにする時としたい。


久し振りに聞く「統一教会」の名

安倍元首相は七月八日、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で、演説中に手製の銃で撃たれた。その場で逮捕された山上徹也容疑者(41)は、母親が入信、一億円を献金したとされる「世界平和統一家庭連合」(旧世界基督教統一神霊協会、統一教会)に対する恨みを、元首相に向けて晴らしたという。安倍元首相は、教団の友好団体にビデオメッセージを送っていた。山上容疑者は、七月末から十一月まで精神鑑定を受けている。

政治家と宗教団体の関連を、どう考えるか。事件を機に、メディアによる与野党国会議員の「旧統一教会」との関係の洗い出しが始まっている。イベントに参加、祝電を送り、寄付を受けたりしたことがないか。選挙活動で運動員の支援を受けてはいないか。報道の限りでは、寄付に関しては関連団体から六万円、友好団体の元社長から計三万円、教団関係者からパーティー券四万円分……など、やや寂し額ではある。

旧統一教会の霊感商法や合同結婚式は、以前はニュースにもなっていたが、ここ最近はどうだったのか。筆者は、「統一教会」の名を久し振りに聞いた感がある。テレビの前で新聞を広げる読者諸賢はいかがか。議員が、霊感商法などを承知の上で関係を築いていたのなら、批判も当然だろう。だが、選挙区を取り巻く多数の団体、宗教団体の一つに過ぎないと考えていたのなら、さほどのこととは思えない。「選挙運動に協力する」と言われれば、喜んで受け入れるだろう。これらの点では、自民党、日本維新の会の幹事長が言う「それぞれの議員が適切に説明すべき」「挨拶は日常的なこと」との釈明に妥当な感がある。各議員が、自ら説明すべきだろう。多くの団体の一つと説明できれば、有権者も理解するのではないか。

筆者自身、約五十年前の学生時代に「原理研究会」「国際勝共連合」という関連サークルがあり、「食事付き」との言葉に誘われ、親団体の「世界基督教統一神霊協会」の説明会に、友人たちと参加した記憶がある。違和感のある教義解説ではあったが、「やがて世界は一つになる」との説明に、「言葉はどうなる」と質問。これに対して、「韓国語」との答え。「第二外国語はドイツ語だけで手一杯」と反論したものだった。「たばこは吸ってはいけない」と言うので、建物の陰で吸いながら控室を見に行くと、何やらお祈りをしていた。その真面目さには、感心したものだった。


警護の不備、聴衆も協力したい

事件当時のニュース映像では、駅の前で演説に立つ安倍元首相の後方に、山上容疑者が立っている。事件直後から警護の態勢が問題とされて来たが、十数人いたとされる警護陣の誰一人、後方の警戒をしていなかったという。ガードレールに囲まれた演説場所で、当初は警護員一人が車道を挟んだ背後を監視していたが、前方の聴衆が増えて来たため、向きを変えたという。警護陣には、制服着用の警察官は一人もいなかった。

元首相の遊説予定が前日に変わり、奈良県警も準備不足だったとされるが、警察庁が状況を検証中で、各県警との調整強化の動きにある。背後を警戒する警護員がいれば、車道を渡って近寄る山上容疑者に声をかけ、場合によっては威嚇射撃を行うこともできただろう。

だが、警護陣の数を増やしても、多数の聴衆の動きを見守り続けられるとは限らない。聴衆が多数の眼で見ていて、おかしな動きをする人物に気付いた時に、声を上げれば状況は変わるだろう。こうした場合、目線の中に制服の警察官がいれば、声が上げやすくなるだろう。制服姿の警護は、不審者への威嚇になると同時に、小さな勇気の動機付けになる。

今回の事件は、「ローンウルフ(一匹狼)」型事件とも言われている。社会に不満を持つ人物が、怒りを爆発させる。七月には、「秋葉原無差別殺傷事件」の加藤智大・死刑囚(39)の刑が執行された。平成二十年、東京・秋葉原で歩行者天国にトラックで突っ込み、ナイフも使い七人を殺害、十人に重軽傷を負わせた。山上容疑者と同じように進学高校に進んだが、職を転々とした末に犯行に及んだ。

このような事件は、京都アニメーションの放火事件(令和元年。三十六人殺害)、大阪のクリニック放火事件(昨年十二月。二十六人殺害)など、近年、多くなって来ている。ネット社会の影響とされる。事件の前兆や、不審な動きに気付いた時、我々も、声を上げるなどの勇気を持てば、犯行の阻止、被害の軽減にはつながるだろう。


凶弾を認めぬためにも国葬で見送ろう

安倍元首相の国葬を、九月二十七日に日本武道館で行うことを岸田文雄首相が閣議決定した。昭和四十二年の吉田茂元首相の国葬以来のことになる。これに対して、野党の一部、国民世論にも反対の声があるが、政府は粛々と準備を進めるべきだ。

凶弾に倒れた元首相を国民それぞれに見送ることは、凶弾を認めないことの意思表示でもある。元首相の逝去であっても、病没などの場合は家族や政党で見送ればよい。世界の二百五十九か国、地域から千七百件もの弔意が寄せられているのも、安倍元首相の業績によるものばかりではないだろう。不当な暴力に対する驚きと哀悼の意思表示であろう。首相としての在任期間も歴代最長で、現役政治家として活動中に凶弾に倒れた七月の衝撃と驚きを、党派を超えて国民として共有したい。他の首相経験者に、「国葬」の対象者と思える人がいるだろうか。

安倍元首相は、「自由で開かれたインド太平洋構想」を提唱するなど、日本の存在感を世界に示した実績も大きかった。同構想は、アジア大陸とアフリカ大陸、それを結ぶ太平洋とインド洋に、法の支配と航行の自由、自由貿易を定着させようとするもので、各国の賛同を得て日本の外交的立場を高めている。「自由で開かれたインド太平洋戦略」とも呼ばれ、自衛隊の国際協調の活動範囲も徐々に広げている。戦後体制からの脱却を図るため、憲法改正の前提である国民投票法の制定、集団的自衛権の限定的容認、平和安全法制の整備なども行った。

ロシアはウクライナ侵略作戦を続け、中国は領域拡大の政策を続け、八月には台湾周辺で大規模演習を行い、日本の排他的経済水域(EEZ)に弾道ミサイルを撃ち込んだ。核とミサイル開発を続ける北朝鮮の現状なども考えると、日本は憲法改正で存在感を高める時だろう。

安倍元首相が生命を落とした参議院選では、自公が過半数を超え、改憲派が三分の二を維持した。憲法改正に向け、本気で取り組まなくてはならない。憲法改正に着手できれば、岸田首相は、吉田、安倍元首相に並ぶ評価を受けることになるだろう。