9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和5年3月号

原発処理水を堂々と放流しよう

宮地 忍  /元名古屋文理大学教授


東京電力の福島第一原子力発電所から、この夏にも「処理水」の放流が始まろうとしている。地元の漁業関係者や、韓国、中国などの反対の声も続いているようだが、廃炉に向けた作業の一環である。原子力を活用するのか否か。活用するなら、放流は断行せざるをえない。それが、各地で休眠中の原発を再稼働させ、廃炉の代わりに新設を行う前提条件でもあろう。同時に、「放射性廃棄物」の地下処分にもめどを立て、安定的な運用を図らなくてはならない。日本列島は二百~三百年周期の地殻変動期に入ったとされており、南海トラフの巨大地震なども、いつ起きてもおかしくない。


安全性が確保されている処理水

福島第一原子力発電所から放流される「処理水」は、平成二十三年の東日本大震災で炉心溶融(メルトダウン)を起こした核燃料を冷却する水などから生まれる。溶融した核燃料は高熱を発するため冷却を続けているが、原発構内に流入する地下水や雨水も混ざり、放射性を帯びた「汚染水」となる。東電は、多核種除去設備(ALPS)で放射性物質の除去を行っているが、震災直後には一日五百トン、凍土壁で地下水の遮断に努めている現在でも一日約百五十トンの「処理水」が発生している。発電所構内は、約百三十二万トン、一千基のタンクで満杯になっている。

最終処分として行われるのが放流だが、多核種除去設備ではトリチウム(三重水素)は技術的に除去し切れない。トリチウムは雨水などにも含まれ、放射線は微弱で人体への影響もほとんどないとされるが、水と一体化しているため、除去は難しい。このため海水で薄め、沖合一キロまで掘った海底トンネルから放流する準備が進められている。放流される時のトリチウム濃度は、一リットル当たり一五〇〇ベクレルで、国の排出基準(同六万ベクレル)の四十分の一以下、世界保健機関(WHO)の飲用水基準(同一万ベクレル)の七分の一以下に薄められる。この計画と準備作業は、国際原子力機関(IAEA)も検証を行い、妥当性を認めている。

そもそも、トリチウムは各国の原発からも放流されている。福島第一発電所の処理水放流に反対の声が上がるのは、大震災、原発倒壊のイメージが付いて回るからだろうか。漁業関係者が風評被害を恐れるのは、わからないでもない。韓国、中国などが、自国の原発からトリチウムを放流する一方、日本の処理水放流に反対するのは、科学的根拠を欠いた反日感情に動かされているからだろう。福島第一発電所の放流量は、事故前の年間放出量(二十二兆ベクレル)を下回るように設定されている。


放射性廃棄物の処分で安定的運用を

国内の原発は、東日本大震災の前には五十四基あったが、福島第一、第二発電所の十基を含め合計二十四基の廃炉が決まり、再稼働しているのは西日本の十基のみ。政府は震災後に、原発の運転期間を最長六十年としたが、再稼働に向けた審査期間分を延長して寿命を延ばそうとしている。

一方で、廃炉の後には新設を認める方針だが、「核のごみ」である高レベル放射性廃棄物をどうするかも、課題となっている。使用済み核燃料の大部分は現在、各原子力発電所の燃料プールで保管。一部はウラン、プルトニウムを回収の後、ガラスと溶かし合わせた固化体にして青森県六ケ所村と茨城県東海村で一時貯蔵されているが、安定的な最終処分場が求められている。最終処分場では、ガラス固化体を金属性の容器に入れ、地下三百メートル以深の岩盤に造るトンネルに埋設する構想だが、これを受け入れる場所がまだ決まっていない。

最終処分場の決定には、一定地域の地震などの履歴を資料で調べる「文献調査」、現地でボーリングなどを行う「概要調査」、最終的に地下施設で行う「精密調査」の三段階を経る。国内では令和二年から、北海道の札幌市西方に位置する寿都町(す っつちょう)と神恵内村(かもえない)が、原子力発電環境整備機構(NUMO)による第一段階の文献調査を受け入れているが、処分場に反対する声もあり、概要調査に進めることが課題になっている。概要調査に進めたとしても、精密調査を経て安全性が最終確認できるまで二十年かかるとされている。

使用済み核燃料の最終処分場の建設は、各国とも難航しており、進展しているのはフィンランド、スウェーデン、中国程度。フランスが詰めの地元交渉を行っているが、米国、ドイツでは予定地で反対の声が広がり、計画が中断している。地震大国でもある我が国は、最終処分場の建設を急ぎ、放射性廃棄物の安定的な管理を行うべきだろう。


近づく巨大地震も乗り越え進む

東日本大震災(マグニチュード九・〇)から今年で十二年。大正十二年の関東大震災(同七・九)からは百年となる。いずれもプレート境界の巨大地震であり、日本列島は二百~三百年周期で巨大地震を繰り返しており、この間、平成七年の阪神大震災(同七・三)のような陸域の直下地震が前兆現象として多発するとされている。

地球は、中心部から湧き出すマントルによる厚さ百キロ程度の十数枚のプレート(岩盤)で覆われており、日本列島は、年間数センチずつ移動しては沈み込む四枚のプレートがぶつかり合う位置にある。プレート同士のひずみが限界に達すると巨大地震を引き起こすため、全世界の地震の一〇%が日本列島周辺で発生しているとされる。陸域に近い南海トラフでは、百~百五十年周期で巨大地震が起きており、予兆である直下地震も阪神大震災を機に増えている。

こうした「地震大国」にあって、エネルギー源を原発に頼るのか、頼らないのか。原発に代わるものとして、太陽光、風力などの自然エネルギーが語られるが、天候に左右されて安定しない。在来の火力発電は、地球温暖化に影響する二酸化炭素を排出する。ダムを造っての水力発電にも限界がある。原発は、事故を起こせば恐ろしい。安全な運用をめざし、前進すべきだろう。


世界が挑む原子力利用に背を向けない

東日本大震災を巡っては、業務上過失致死傷罪で強制起訴されていた東電の旧経営陣三人が、今年一月の東京高裁控訴審で「巨大津波は予測できなかった」として無罪判決を受けたが、防潮堤などを作っておくべきだったとの批判も多い。地震大国での緊張感と責任感が、求められなくてはならない。

だが、事故を恐れるあまり、原発そのものを恐れ、福島第一発電所の処理水放流や放射性廃棄物の処分場建設まで忌避することは、人類が発見した新エネルギーを放棄して、豊かな日常をあきらめることになる。政府は、原発の建て替えの際、「次世代革新炉」を導入する方針でいる。電源喪失時に炉心を自動冷却する革新軽水炉や、トラックでも運べるような小型モジュール炉の開発が進められている。

各国が原子力の利用と開発を続ける中、我が国だけが背を向けては取り残されるだろう。福島の処理水放流を機に、より安全な原発の開発、廃棄物の最終処分場整備で前進すべきだろう。原子力抜きのエネルギー政策を主張する政治家や有権者は、自然エネルギーによる代替が実現するまで、事故前は三〇%前後だった原発分の電力を、節電する覚悟の下に主張すべきである。