9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和6年4月号

安倍さんなきトランプ時代に向けて

 桜林美佐  /防衛問題研究家


今年は、世界各地で大きな選挙が行われます。一月の台湾総統選に続き、三月のロシア大統領選、十一月には米大統領選、また日本国内でも岸田首相が九月で自民党総裁の任期を迎えるため、その行方も大きな関心事です。

現時点ではまだ分かっていないとは言え、すでに米大統領はトランプ氏が確実視されており、そうなった場合の備えを始めるべき時になっています。しかし、ではトランプ政権になった時にどんな陣容が大統領を支えるのか、いわゆるワシントンの「回転扉」の向こう側が全く見えず、このままでは何の準備もしないまま突入することになってしまいそうです。

前トランプ政権では、安倍首相頼みの外交になっていたため、安倍さん亡き今、日本に対し何を求めるか見通せず、ただ戸惑うしかないというのが正直な現状かもしれません。いずれにしても、次期トランプ政権下の四年間をどのようにするかは、まさに日本が直面する大きな「課題」と言えます。

そのように言うと、「米国追随ではいけない」「真の独立を目指すべきだ」といったご意見を聞くことがありますが、すでに一昨年策定された安全保障に関する三文書によって日本は自国防衛力の強化を決めており、米国依存の姿勢を脱し「自分の国は自分で守る」態勢を追求しつつあります。

とは言え一方で、陸海空という従来の空間を超越し、宇宙やサイバー、電磁といった新たな領域が「戦場」となり絡み合っている今、いずれの国も自国だけでその国を守ることはもはや不可能な時代になっており、同盟国や同志国の動向が鍵になります。より多くの「仲間作り」という新たな課題に向けて、努力する必要があるのです。そのためにも、他国依存や追随のような姿勢では相手にされません。逆説的ではありますが、味方を増やすためには自分が強くなる必要があります。使い走りのような態度ではなく、防衛力も国家観も誇り高いものにしていかなくてはならないのです。


仲間を増やす取り組み

問われるのは外交です。但し、外交は口先だけでなし得るものではなく、そこに軍事力やその国の技術力、経済力などのいわば道具が不可欠です。装備移転はその文脈で重要なのです。

そこで、日本は新たな手段に乗り出しました。これまで開発途上国に対し実施してきた政府開発援助(ODA)だけでなく、外国の「軍」に対して無償で防衛装備品などを提供する政府安全保障能力強化支援(OSA)という枠組みが誕生しています。ODAは「非軍事」に限定しており、またそのことに強いこだわりもあるようでしたので、高い壁が取り除かれたと言えます。OSAは、警戒監視、海賊対策、国際平和協力活動といった「国際紛争との直接の関連が想定しがたい分野に限定して協力」するとして、すでにフィリピン、バングラデシュ、マレーシア、フィジーの四か国に、救難艇や沿岸監視レーダー、ドローンなどの供与が決まっています。

中国の「一帯一路」政策で借金漬けにされた国々を支援することになりますが、装備を持っても維持整備や訓練がなければ意味がないため、自衛隊や海上保安庁で続けてきた能力構築支援も併せて活性化する必要があります。


装備移転のおかしな論議

現在、装備移転についての自公合意が報じられているところですが、これはイギリス、イタリアとの次期戦闘機共同開発における完成品の第三国移転を巡る議論です。

通常、装備品を製造すれば輸出をするのが当たり前の諸外国の感覚からは、共同開発に加わった時点で輸出を了解していることを意味し、これまで与党内の同意も得られていなかったということは、日本の詰めの甘さも問題視されそうです。

また、ウクライナ支援の観点でも装備移転の議論があります。日本はロシアによる侵略以降、防弾チョッキやヘルメットなどを提供してきましたが、ウクライナの要望は、砲弾やミサイルといった日本では「殺傷兵器」と分類されるものです。

現行の「装備移転三原則」では運用指針でいわゆる「五類型(救難、輸送、警戒、監視、掃海)」以外の殺傷兵器を認めておらず、ウクライナの状況が切迫する中で、これを緩和すべきとの声が出ているものの見直しには至っていません。欧米諸国の支援も疲れが出てきており、米国も製造能力が追い付かない状況になっていることから、昨年末に運用指針が改定され、ライセンス国産した装備をライセンス元以外にも移転可能としました。

しかし、戦闘が行われている国には出せないため、ライセンス元である米国に対し地対空誘導弾パトリオット(PAC2、PAC3)を輸出することになりました。まずはこれで、米国の弱った製造能力を補完することができます。

さらにOSAだけではない外交手段(対中政策)として装備移転をいかに広げていくかの論点がありますが、世界の武器市場は競争も激しいことから、OSAの拡大が求められます。

韓国などは首脳外交で武器を売り込んだり、価格競争に勝つための支援を行っていますので、そうした国々が競争相手であることを考えれば、企業を傷めないよう国をあげて行う覚悟が不可欠です。相手の要求ではなく日本側が提供できる物を決めている現状では、まだ日本の装備を防衛協力に活かしきれてはいません。装備の提供は、何より強い同盟関係と言えるだけに競合も多く、簡単にはなし得ないのです。とにかく、昨今の装備移転の議論はとても混乱しているように見えます。異なる話が混在していて、それを一まとまりに日本の「武器輸出の問題」としている場合が多いからです。


産業支援にはならない

装備移転の議論を混乱させている要因のもう一つは「武器輸出で防衛産業を活性化する」という話が出ていることです。しかし、これは正しくありません。「量産すれば安くなる」という単純な構図ではなく、防衛装備の場合は、自衛隊で使っている同じ物をそのまま外国に渡せるわけではなく、別の製造ラインが必要になります。つまり、ほとんどの物は輸出で量産化や低価格化などすぐにはできないのです。それどころか莫大な初期投資も必要になり、大きな損失を蒙る可能性もあります。それだけの投資をしても利益が出る保証はないため、株主の同意も得難く、何より企業は、世間から「死の商人」などと揶揄(やゆ)されることを恐れます。

こうした問題点を受け、ようやく昨年「防衛産業強化法」ができ、国が介在したり援助するなど主体的に動くことになりそうなのですが、移転できる品目は限定されています。企業を武器輸出で活性化させるという論理はわが国の場合は当てはまらず、また、単なる商業としての、つまり積極的平和主義の文脈以外での実施は日本に相応(ふさわ)しくないと私は感じます。


テロには支援する日本

このような議論が繰り広げられる中、衝撃的な報道がありました。UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)本部の地下で、イスラム過激派ハマスの拠点が発見されたというのです。

日本はこれまで、十億ドル(一千五百億円)以上をUNRWAに資金援助してきたといいます。今回の地下道発見の前に同職員がテロに加わっていたことが判明したことから資金は一時停止していますが、驚くのは、それに対して批判的な論調が「国際政治学者」の方々から出ていることです。もはやUNRWAはハマスと同一であると言っていい証拠が出たにも関わらず、なぜ大きな騒ぎにならないのか不思議です。私たちの税金がテロに使われ、間接的に「加害者」になっていたことになるのに。

そもそもハマスによるイスラエル襲撃の実情もあまり伝えられていません。子供たちは親の目の前で指を全て切断され殺されました。また、父親は目をえぐられ、母親はその場で強姦され、足は折られて陰部に銃弾が撃ち込まれました。赤ちゃんをオーブンで焼いて、テロリストたちはその横で食事をしていたといいます。

このテロの後、上川外務大臣はUNRWAを訪問しパレスチナ支援として約九十一億円を提供しています。UNRWAの信頼性については、前トランプ政権の頃から疑いが深まっており、バイデン政権になるまで資金供与を止めていた事実があるのに、日本政府は調査もせずに拠出していたのか、非常に疑問です。

かつて、日本赤軍がイスラエルのテルアビブ・ロッド国際空港で二十六人を死亡させ、七十六人に重軽傷を負わせた凶悪テロ事件を起こしています。「弱い者を助ける」という一見美しい善意が、マルクス主義の暴力行為に帰結した過去。そして、そこに日本人が関与していたことも忘れるべきではないでしょう。

「殺傷兵器」は渡せないなどという一方で、テロリストに膨大な資金を提供する日本、世界から無知と偽善に満ちた国に見えないか案じられます。