『日本』令和6年6月号

六月号巻頭言 「分度推譲」 解説

二宮尊徳の高弟の一人である斎藤高行(文政二年~明治二十七年)は、相馬藩士であるが、叔父である富田高慶の補助をしたことから尊徳門下となり、尊徳の日光神領復興や、相馬藩の復興に活躍した人物である。その斎藤高行が、尊徳の農村再興策(仕法)の在り方を具体的に記したのが『報徳外がい記き 』である。

本書は、命分、分度、盛衰、興復、勧課、挙直、開墾、治水、助貸、備荒、教化、全功、報徳の各章から成り立つてゐるが、その基本となるのが、分度と推譲である。

自らの天から与へられてゐる立場、すなはち、分は変更することのできないものであることの自覚から始まる。それ故に分を天命と述べるのである。その自覚に基づいて自らの生活を律していく必要が生じるのであり、それを度と称するのである。それは各自の努力により為すことであるところから、人道と述べるのである。

分と度を確立し、余裕を生じさせ、それを他に譲ることにより、社会の復興を実現させようとしたのが尊徳である。

尊徳の教へは、今日の我が国の在り方に、根本的反省を求めるものである。

(堀井純二)