9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和7年7月号

情報革命時代のトランプ現象の特異性

 髙橋久志  /上智大学名誉教授


アメリカ独立戦争の開始二百五十周年の今年、トランプ第二次政権は、発足して四ヶ月余り。ハーバード大学に対し、留学生ビザ剥奪の新しい制裁を加えたばかりか、留学生の割合を全学生の一五%程度にするよう要求した。また「反ユダヤ主義」・反政府運動・中国共産党との提携を糾弾し、教育内容・教員人事と学生の資格に深く介入した。それは、大学やマスコミを敵視する一方、軍部や法務省を含む連邦政府機関に対し、「DEI政策」(「多様性・公平性・包摂性」)の廃止、「反リベラリズム」・「反エリート主義」・「反知性主義」の他、「ディープステート」(「闇の政府」、つまり、連邦政府の一部が金融界の上層部と結託して秘密裡に提携し、米国民を収奪しているとする「陰謀論」)の撲滅を掲げ、これらの大幅な縮小ないし解体により「腐敗構造」を崩壊させると共に国家予算の無駄を省き、「権力を国民に取り戻す」としていることと、同一線上にある。

大学側は「憲法修正第一条」違反だとして、直ちに提訴。連邦地裁は差し止め命令を出したが、政権は控訴。四月二十日現在、自ら抱えている百九十六件もの訴訟の多くと同様、本件は連邦最高裁で結審されることとなろう。


独裁者への路

トランプの政策は公約集の「アジェンダ47」にあるように、WHOやパリ協定からの脱退、世界の人道支援・医療援助・教育や民主主義の強化に大きな役割を果たしてきた米国国際開発庁(USAID)の実質的解体を含め、政権発足百日で議会の承認無しに発出した大統領令は、百四十二件に上る。ホワイトハウスは連日、衝撃的な発表を行い、トランプは合衆国憲法の根幹を突き崩すことで、世界に冠たる民主主義の崩壊を齎(もたら)し、「独裁者」への路をひた走る。スウェーデンのV―Dem研究所は、アメリカ民主主義は半年で崩壊すると予測している(カナダCBCニュース、二〇二五年三月十八日)。更に、戦後八十年をかけて構築したNATOを含む国際安全保障体制と国際政治経済秩序は縮小・解体の危機まで叫ばれ、トランプ政権反対の「ハンズ・オフ」(手を出すな)デモが全米各地で行われている。

トランプは大統領就任の日、二〇二一年一月六日の連邦議会襲撃事件の暴徒約千五百五十人に無条件の恩赦を与えた。彼らを「愛国者」や「政治的捕虜」とまで呼んだ。更に、世界一金持ちの実業家イーロン・マスクに新設の政府効率化省(DOGE)を担当させた。二百三十万人の連邦政府職員、特に軍部・司法省・諜報機関・退役軍人省・教育省から社会保障・メディケア・メディケイドまでを狙い、有無を言わせぬ大量解雇と組織縮小により、国家予算の無駄を省くという即急且つ大胆な行動に出た。

トランプは第一次政権の実績を礼賛し、現政権の圧勝が生んだ権限委任があらゆる政策を正当化すると考える。彼はSNS による情報革命を頼みの綱とし、労働者階級の支持、即ち民族主義的「ポピュリズム」を基盤に「アメリカ第一主義」を掲げ、「アメリカを再び偉大な国にする」と確約する。しかも、「政治的パフォーマンス」中心の言動は、恣意的・即興的・場当たり的で、矢継ぎ早に強硬な政策を打ち出すものの、極めて安易に修正ないし軟化・後退するパターンを繰り返し、常に周囲を動転・混乱させる。

外交面では、トランプは最友好国の隣邦カナダを「五十一番目の州」と侮辱し、パナマ運河の管理権回復、グリーンランドの獲得、イスラエル・ハマス間の激しい戦いに翻弄されるパレスチナ人を排除してガザ地区を「中東のリビエラ」とする「領土拡張策」に何度も言及した。他方、ロシアの侵略によるウクライナの戦争を、就任二十四時間以内に解決すると豪語した。そこでトランプは、ウクライナやヨーロッパの同盟国を外して直接ロシアと交渉。ウクライナの資源を担保にし、軍事支援を一時的に凍結する一方、ロシアには寛大そのものの態度を取る。今に到るも和平は実現せず、戦禍は拡大の一途。しかも、ゼレンスキー大統領を「独裁者」や「侵略者」と呼び、ホワイトハウスでカメラを前にして彼を面罵する屈辱的な扱いは、我々の記憶に新しい。

また、一七九八年の「敵性外国人法」を適用して、二百六十名のベネズエラ人を法的手続き無しに国際ギャング団として逮捕、連邦地裁の差し止めを無視してエルサルバドルに国外追放。テキサス州連邦地裁判事の「違法判断」も、顧みられることはなかった。


国富を齎す関税?

経済面では、合成麻薬と不法移民の流入を理由に、カナダとメキシコに二五%の関税を課したが、後に約一ヶ月の猶予を与える一方、鉄鋼は二五%、アルミニウムは一〇%を課す。しかも、後者は二五%に増額した(六月四日には、双方を五〇%とした)。また、四月二日をアメリカが諸外国の搾取から自由になる「解放の日」と謳ったトランプは、ペンギンが住人の島を含む世界の大半を対象に一律関税を課し、特にEUや日本等の同盟国には厳しかった。トランプの下で混迷を増しつつある超大国・アメリカに挑戦的な態度を強化する中国は、一四五%であった(五月十四日、三〇%に減額)。更に、翌三日、輸入自動車には二五%。世界の経済学者は、そうしたいい加減さに非難囂々(ごうごう)であった。トランプは、「関税こそ素晴らしく、アメリカの長年の貿易赤字を解消するばかりか、裕福にさせる」とし、かつてアメリカ経済の誇りの源だった製造業が、安い外国製品により長年搾取され続けたので、関税と外国からの投資でその地位を取り戻すと力説する。しかも、関税を「武器化」して自国に有利な利益を勝ち取ろうとする。 なお、五月二十八日、国際貿易裁判所は関税の大部分の差し止めを命じたが、政権は直ちに控訴した。


トランプの政治的演出

これまで数多くの著作が、その本質を明らかにしている。トランプ自身は超富裕層に属しながら、労働者階級の「ポピュリズム」に言寄せ、「人気取り」を目指す一方で、「デイール」と称して「政治的駆け引き」を旨とする「ビジネスマン」政治家の発想・価値観・道徳観・世界観は、第一次政権時に既に表出していた。かくして現政権は、実現出来なかった多くの政策を加速度的に実現しようとする。しかも、NBC放送で十数年にわたって主演し、実際は六回の破産を体験したが、奇跡的に復活した「不動産王」のイメージでその名を一躍全米に知らしめたリアリティ・テレビ番組「見習い」は、ここに特記したい。当時、日常語化する程有名となったフレーズは「君はクビだ」(You are fired!)であり、これはまさにDOGEがこれまで行っていることであった。トランプは当時の番組をあたかも再現するかのように、あらゆる機会を捉え、政治的演出を自作自演する。

そもそもその主要な動機は、自身を害したと信じて止まない敵への容赦ない「復讐」であり、その関心は情念化した「金」と「権力」欲である。憎むべき敵を外に求め、これを犯罪者・人間性に劣るものとして揶揄(やゆ) 嘲弄(ちょうろう)する。「敵か味方か」の価値判断しかせず、国際関係を「個人的関係」と見なし、ヒトラーを尊敬、プーチン・習近平・金正恩を親友と称する。若い時から、苛烈な競争で浮沈の激しい「不動産業界」しか人生体験がなく、読書を嫌う知的生活と無縁な人物は、唯我独尊で、一貫した論理的・戦略的思考や道徳的観念は無きに等しい。しかも、「空想世界」に安住し、口を開けば嘘八百、第一次政権時には、実に三万五百七十三回、日に二十一回の嘘をついており(『ワシントン・ポスト』、二〇二一年一月二十三日)、現政権は連日記録を伸ばしている(Wikipedia の「False or misleading statements byDonald Trump」参照)。しかも、SNSに異常なほど頻繁に投稿し、誤情報・偽情報を拡散して洪水を巻き起こす。結果は株価や国債の頻繁な混乱であり、嘘に包まれた政策は常に不透明で、突然の方針転換は経済の不安定化・不確実性に繋がる。国内では選挙公約とは全く相反してインフレを生み、より深刻な不況が予測され、国外ではアメリカの孤立・指導力の急速な低下を生じている。しかし、トランプはこれらを否定し続ける。


トランピストの跳梁

ところでトランプは無罪判決となった二度の弾劾裁判に加え、四件に上る刑事事件の裁判を抱えていた。元不倫相手の件では刑罰を科さない「特異な」有罪判決を受けた。しかし、残り三件は、大統領選挙を理由に連邦最高裁が免責した。閣僚の大半は、上院公聴会の記録から想像出来るように、バンス副大統領を始め、スキャンダルまみれのヘグセス国防長官、トランプ裁判の元弁護団の一員・ボンディ司法長官、「闇の政府の政敵リスト」を明らかにしたばかりか、FBI本部の売却まで唱えていたパテルFBI長官、更に、ベッセント財務長官やラトニック商務長官のようにトランプの選挙に多額の寄付をした極めて従順な「イエスマン」、所謂「トランピスト」からなり、彼らはトランプに倣いパフォーマンス本位に行動、彼をアメリカ史上最高の偉大な大統領と賛美して止まない。

トランプ政権は三権分立の規範を打ち砕き、憲法違反を連日犯している。これまでの国家と社会の分断に乗じ、情報を巧妙に操る「天才的狂人」・トランプ大統領は、まさに「情報革命時代の寵児」なのかも知れない。