『日本』令和8年2月号
自然の恵み・神徳に感謝する生活態度
渡邉規矩郎 /大阪国学院講師
元日の朝に若水を汲む
古来より日本では、いのちを司(つかさど)る水を大切にしてきた。とりわけ若水信仰は日本の伝統的なもので、往古は若水といへば、立春の日に宮中の主水司(もんどのつかさ)から天皇に奉じた水のことを指した。当時は立春正月だつたゆゑだが、後に元日の朝に初めて汲む水、井泉(せいせん)から水を汲んで神棚・仏壇に供へることを指すやうになつた。若水を「はつみづ」「あさみづ」と呼ぶところもある。若水は邪気を除くと信じられ、神棚に供へた後、その水で年神様への供物や家族の食事を作つたり、口を漱(すす)いだり茶をたてたりした。
幕末の志士・佐久良東雄(さくらあずまお)先生は、次のやうな歌を詠んでをられる。
父母に先づ奉れ老人(おいびと)の 若がへるちふ今朝の若水筆者が住んでゐる沖縄は今も旧暦が生活に根づいてをり、旧正月元日は、朝早く若水を汲むことから始まる。各集落には若水・産水(うぶみぢ)を汲む特定の井泉や川があり、拝所(本土でいふ水神・龍神を祀る)が設けられてゐる。地域によつては、神司や役職のある者が、年の始めにこれらの川や泉を巡拝して、新しい年の幸運を祈願する儀式があり、これを井泉拝み・参りなどと呼ぶ。
若水はお茶を入れて仏壇に供へ、御水撫(うびなでい)を行ふ。書道教室の多くは書初めの墨をする水に使ふ。正月の御水撫は、朝一番で井泉から汲んできた若水を容器に入れて聖水とし、祖母や母親が中指をひたして子や孫の額を三回撫でて健康を祈願する。さらに若水で顔や手足を洗つたりする。そのことによつて若返ると信じられてゐる。宮古・八重山地方では、若水にあたる水を「すでぃ水」と呼ぶ。「すでぃ」とは蛇が脱皮して卵がかへることをいひ、脱皮し再生するといふめでたい意味が込められてゐる。
自然破壊で湧水の水が涸れたり、汚染したりで、昔から親しまれた井泉が使へなくなつたところも少なくない。仕方なく、朝一番の水道水を利用する人も増えてゐるやうである。昨年末、テレビニュースを見てゐると、福岡県嘉麻市桑野にある遠賀(おんが)川源流広場で、源流水を汲み、一年の無病息災を願ふ「若水汲み」が恒例行事として行はれてゐることが紹介され、実行委員会の方々と子供らが、若水を持ち帰るための竹水筒づくりに取り組んでゐる様子が放映されてゐた。
若水汲みは、年初にあたり自然の恵み・神恩に感謝する昔ながらの日本人の生活態度といへよう。
つつしみの心と態度
北畠親房公は『神皇正統記』の中で、「天にせくぐまり地にぬきあしし、日月の照らすをあふぎても、心のきたなくして光にあたらざらん事をおぢ、雨露のほどこすをみても、身のただしからずしてめぐみにもれん事をかへりみるべし。朝夕に長田狭田(ながたさた)の稲のたねをくふも皇恩なり。昼夜に生井栄井(いくいさくい)の水のながれをのむも神徳なり」と記されてゐるが、父祖は、日々の生活態度に対比しながら、自然の恵み・神 徳に感謝をさげてきた。
同様に、吉田松陰先生の「士規七則」に「士の行ひは、質実欺かざるを以て要となし、巧詐(こうさ)あやまちを文(かざ)るを以て恥となす。光明正大、皆これより出(い)づ」といふ一条がある。光明正大とは、かざらず、あざむかず、心にけがれ、曇りなく、正しく広い、うそのない境地。それは光の世界であり、光は、明にして浄、正にして直なるものである。
清浄を愛し、正直を尊んだ幕末の万葉歌人・橘曙覧(たちばなあけみ)先生は「吾は節を守ること杉の直なるが如くならんと欲す」と杉のやうに真つ直ぐに生きることを信条とされ、「うそいふな、ものほしがるな、からだだはるな」と、平易に正直・無欲・健康を訴へられた。
また、国学者の伴林光平(ともばやしみつひら)先生は「神州清潔の民」と日本人の特質を道破されてゐる。
「つつしみ・つつしむ」といふことが、神道の根本的な生活態度であることを、深い思索によつて明らかにされたのは山崎闇斎先生であつた。闇斎先生が最も尊重されたのが、鎌倉時代の書物『倭姫命世紀(やまとひめのみことせいき)』にみえる「神は垂るるに祈禱を以て先とし、冥は加ふるに正直を以て本となす」といふ言葉である。祈りがあり、正直であるところに神意は通ふといふ。つつしみの生活は祈りの生活。祈りからつつしみは生まれ、つつしみによつて祈りは生活のものとなる。そして、祈り・つつしみを心の色としてみれば、正直と言ひ表はしてよいとされてゐる。闇斎先生は、己に対してはつつしみ、相手に対してはうやまふ「敬」の字を最も重んじられた。道元禅師も「敬を以て宗と為す」とされてゐる。
正直と清浄な生活
神道には「浄明正直」といふ言葉がある。「きよく・あかるく・ただしく・なほく」といふ美しい日本語をそれぞれ漢字一字で表した。これらは古典にみられる言葉で、光仁天皇の宣命(せんみょう)に出たものとされてゐる。天武天皇の御代(みよ)には、この浄・明・正・直が位階をあらはす語として採用された。今日、神職の階位として、浄階・明階・正階・権正階・直階があるが、これも神明奉仕の精神として採用された理念にほかならない。
神道では「明き、清きまことの心」が説かれる。「明き心」は、『日本書紀』に「明き意」、宣命に「明き心」とあり、「清き心」は、『古事記』に「吾が御心清々(すがすが)し」とあり、『日本書紀』に「丹心」「赤い心」とあるが、宣命には、この二つを合はせて、「明き清き心」「明き浄き心」「明き浄き直きまことの心」「浄き明き心、正しき心」などといふ用例が見える。
中世に展開された伊勢神道でも、清浄と正直の精神が神明奉仕の心得とされた。
日本人は「正直者の頭(こうべ)に神やどる」と正直を尊ぶ。これは伊勢神道が提唱した生活態度であり、「神を祀(まつ)るに正直を以て本となし、清浄を以(も)て先となす」「正直を以て清浄と為し、或いは一心不乱を以て清浄と為す」と、「正直」は「清浄」と同一とし、さらに「清浄」とは「一心不乱に神明に奉仕する」ことといふ考へに発展させてゐる。このやうに、「正直者の頭に神やどる」といふ神宮神職の神明奉仕の生活で説かれてゐた思想が、民間の生活にも応用されて普及してゐるのである。
また、神道では「清め」といふことを重視し実行してきた。「祓(はらえ)に始まつて祓に終はる」といはれ、神職は斎戒(さいかい)を行ひ、祓と禊(みそぎ)を根本にしてゐる。人間が、もし神の本質を自分の中にもつ神聖で清らかな存在だとすれば、清めなどする必要はなささうだが、神道では古くから、悪や罪がなされるのは禍津日神(まがつひのかみ)が外から働きかけるからだと考へた。罪穢(つみけが)れの本源は人間性の内面にあるのではなく、他律的に外からもたらされるものとされてきた。これは、人間の本性があくまで神聖で清らかだとする人間観に立つ。だからといつて罪や悪に対する自己の責任回避にはならない。まごころをもつて清らかに生きることが充分になされてゐれば、たとへ外から誘惑があつても悪には染まらないはずで、悪を犯すのは、まごころの不足、常に清め正していかうとする努力の不足にあることはいふまでもない。
年末の太陽の蘇(よみがえ)りである冬至を経て、年が改まつて正月、立春を迎へるこの時期にあたり、あらためて日本人本来の生活態度に思ひをいたし、心身を正していきたいものである。



