『日本』令和8年2月号

二月号巻頭言「後村上天皇御製」解説>

この御製は、宗良親王により編纂され、長慶天皇より勅撰集に准ぜられた『新葉和歌集』に掲載された歌である。この歌のことばがきには「年中行事を題にて、人々百首歌つかうまつりける次ついでに、朝拝のこゝろを」と記されてゐる。

この「朝拝」(正しくは「小朝拝」)といふのは、正月元旦に朝賀の後に清涼殿において公卿、殿上人が天皇を拝する儀式であり、文徳・清和天皇の頃から行はれるやうになつたといはれるが、一条天皇以後、朝賀は廃止され、小朝拝のみが行なはれ、「朝拝」とも称され、「朝賀」と同一視されることになつた。

「朝賀」は、元日に天皇が大極殿において群臣の拝賀を受けられる儀式である。文献上は大化二年(六四六)正月朔ついたちのじょう条を最初とする。「朝賀」は即位式と共に大儀である。後村上天皇は「朝拝」は神武天皇の即位以来実施されてゐるものとして、朝賀を同様に重要なものと考へられ、年中行事の最初として詠まれたのである。

神武天皇の即位は『日本書紀』では辛酉年正月元日であるから、即位と朝拝は一体のものとしてよいのである。後村上天皇は、神武天皇以来の皇統を受け継ぐ身として、神武天皇の建国に想ひを馳せ、動乱の世の中にあつて、世の平安を祈られたのが、この御製である。 (堀井 純二)