『日本』令和8年3月号
中国とロシアの世界戦略、そして日本
宇山卓栄 /著作家
不動産バブル崩壊でも中国経済は崩壊しない
二〇二五年末、中国不動産大手の「万科企業」が深刻な経営危機に陥りました。社債を通じて投資家から借りた資金の返済に行き詰まり、部分的な債務不履行となりました。中国不動産市場の先行き不透明感が一段と深まった格好で、経済の新たな足かせになる可能性があります。
中国では、二〇二一年に大手の中国恒大集団がデフォルト状態に陥り、これをきっかけに不動産市場の先行きに対する懸念が浮上。恒大は民営企業で、万科のような国有系の財務は比較的健全と見られていました。中国経済の崩壊はあるのでしょうか。日本では二十年前から「明日にも崩壊する」といった議論が続いてきましたが、現実的にはいまだ崩壊していません。どの程度の崩壊を指すかにもよりますが、抜本的な崩壊というのはまだ起きてません。中国経済がガタガタなのはその通りですが。
中国の不動産バブルは、二〇一〇年代半ば頃から始まりました。不動産市場が崩壊しているのは明らかで、どの都市に行ってもマンションは空き室だらけで完全に供給過剰になっています。失業者も増大し、北京大学や清華大学といった超一流大学の卒業生でも就職先がなく、ウーバーイーツの配達員をしています。中国の失業率がいろいろなメディアで発表されますが、中国政府は本当のことを言わない。実質の失業率は、四〇~五〇パーセントはあるのではないかと思います。
超一流大学を出ても仕事がないのだから、すでに崩壊しているのと同じだという指摘もあります。ただしそんな状況でも、中国経済はある程度、回ってはいる。そこを意識する必要があります。
中国人の海外豪遊も未だ続いています。東南アジア、中東諸国、ヨーロッパなど、どの国に行っても中国人観光客だらけです。いまも彼らは爆買いを続け、景気がいい。
その理由を考えたとき、一つは中国の不動産金融の特殊性があります。中国の不動産金融は、政府が巧みにコントロールしています。日本の不動産バブルが崩壊したとき、不良債権処理などで損失を被ったのは国内の投資家でした。これに対し中国では、国内の投資家はさほど損害を被っていません。政府がある程度、補填(ほてん)しているからです。
一方、中国の不動産には外国人投資家もかなり入っています。ETF(上場投資信託)の中に中国の不動産投資関連の商品を組み込んだものがあり、ここに日本の金融機関を含めた外国人投資家のお金が入っているからです。これらについて、中国政府はいっさい補塡していません。つまり外国人投資家は損をしてもそのままに放置する一方、国内投資家は保護して国内の衝撃を和らげる。独裁国家にありがちな保障をうまく組み込んでいるのです。
ただし、それ以上に大きな理由は、中国経済自体にまだまだ伸びしろがあるということです。中国の中間層の購買欲求は、凄すさまじいものがあります。彼らには「テレビが欲しい」「クルマが欲しい」「洗濯機が欲しい」「パソコンが欲しい」など、まだまだ欲しいものがあります。ここが日本人と違うところで、日本人は中国の中間層、あるいはそれ以下の階層が欲しがるものは、すべて手に入れてしまった。だから新たに欲しいものはない。家電製品もクルマも欲しい人はみんな持っていると思っています。でも中国人は、そうではない。
とくに地方の都市に行くと需要はまだまだあります。大都市圏に住む人は東京に住む人とさほど変わらない生活をしていますが、地方都市はまだまだ満たされていません。人口が十四億人もある国です。広州市の約五千万人を筆頭に、一千万人以上の人口を抱える都市が十数カ所あります。
五百万人以上の地方都市なら百カ所近くあります。大阪の人口が三百万人弱ですから、それ以上の規模の都市が百もあります。それだけの人口があり、それぞれが旺盛な購買欲求を持っている。だからバブルが崩壊しても、ある程度きちんとお金は回るのです。
物をつくれば売れる。だから経済が回る。バブルとは、実体経済が伴わない経済状態です。つまり実需がないのに株や不動産だけが上がって行く。そう考えたとき、中国の不動産はバブルでも、実体経済は必ずしもバブルではない。
投資マネーが先行しているのは確かですが、中間層の強烈な購買意欲は健在です。中国にほとんど行ったことがない人が机上の空論で「中国は崩壊する」「人民元は暴落寸前」などと言っても、実態は違います。
ただ、中国当局が発表する経済統計はまったく信用できません。二〇二一年五月二十八日の全人代の記者会見で、故・李克強(りこつきょう)元首相は「中国では六億人の月収が一千元(約一万五千円)前後だ」と述べました。つまり、一日あたり五百円稼いで、その日暮らしを送っている人が六億人いるというのです。
中国の国家統計局の発表によると、当時の中国のGDPは約千五百兆円とされています。六億人の月収が約一万五千円、年収にすると約十八万円しかない状況で、いったいどうすれば、GDP約千五百兆円が達成されるというのでしょうか。
チャイナマネーの流出
中国への外国企業の投資が急減している実態もあります。米中貿易の摩擦が本格化する中、中国リスクが強く警戒されるようになったからです。
また、中国人の中には中国経済の先行きに不安を感じ、投資資金を国外流出させる人が増えています。たとえば、私が昨年行ったカンボジアは、中国人投資家の投資マネーにより、中国の植民地のようになっています。中国資本でマンションが開発され、中国資本の企業が市場を支配し、中国資本で道路をはじめとするインフラが整備されるといった具合です。
こうして入ってくるチャイナマネーの多くは、政府主導でなく民間主導です。中国政府も莫大な投資をしていますが、それ以上に中国の民間の人たちがお金を投じています。具体的にいうと、彼らは出自の怪しいお金をごっそりカバンに詰め込み、中国政府にもわからない形で銀行に預けるのです。カンボジアの銀行は、それを資金需要のあるところに、どんどん貸し出す。
このような形で大量のチャイナマネーがカンボジアに出回り、カンボジア経済は活況を呈しています。つまり先行き不透明感により中国から逃げた資金がカンボジアに向かい、それでカンボジア経済が潤っている。そういう現実を目の当たりにしました。
中国人富裕層の資金は、アフリカにも向かっています。カンボジアやアフリカなどが中国からの投資を受け入れるのは、彼らに信用力がなく先進国がなかなかお金を貸してくれないからです。一方の中国はスピード融資で、億単位のお金をどんどん貸してくれます。
ただし、交換条件として、融資したお金の半分は中国企業が請け負う形にするのです。だから百億円貸したら、五十億円が自分たちに還元される。その五十億円で中国のゼネコンやインフラ会社、その他関連会社が入ってきて、港や高速道路をつくるのです。同じようなことが世界中の途上国で起きています。
中国が途上国にお金を貸すのは、少なくとも半分は中国企業が儲かるからです。しかも中国人が現地で仕事をすれば、そこで暮らす中国人のためのチャイナタウンができます。中国人のためのレストランやクリーニング屋など、いろいろな店が必要になるからです。
これをビジネスチャンスと捉え、たくさんの中国人が押し寄せる。これで現地の経済が潤う部分はありますが、実際に儲けている人の大半は中国人です。そのあたりが中国はうまいのです。日本も同じようにやればよいのですが、ODA(政府開発援助)にこだわり、しかも無償融資をしたがります。もっと中国のようにビジネスとして考える必要があります。露骨な搾取は当然、認められませんが。
中国の「債務の罠」
中国は投資を戦略的に考えています。日本も有償でODAを行うことがありますが、その場合もノウハウはタダ同然で提供しています。中国のような搾取ではないと、日本はアピールしたいこともあります。日本はそこが評価されています。水道をつくったら、それで終わりではなく、その後のメンテナンスなども教えてくれる。一方で中国人は、つくったらつくりっぱなしで帰ってしまう。
途上国で、アスファルトが割れていたり、盛り上がったりしています。現地の人によると中国人がつくった道路で、あちこちで陥没が起きているから危なくて運転できないそうです。ただ、これは昔の話で、最近は中国企業もメンテナンスをやるようになっています。たとえばケニアの鉄道はメンテナンスやオペレーションシステムまで請け負っています。それで最近、アフリカでは、中国の開発能力への評価が上がってきています。最近の中国はバカにできません。
中国は批判されて反省して、直せるところは直した。中国人も学んでいるからクオリティはどんどん上がっています。この脅威の実態を、日本はきちんと受け止めるべきです。
しかし、中国は相手の返済能力を考えず、やみくもにお金を貸しています。中国はすぐに貸してくれるため、つい返済能力を超えて借りてしまう。これが「債務の罠」と呼ばれるものです。エチオピアもアンゴラもそうで、カンボジアもそうです。スリランカはそれで破綻し、二〇一七年から中国企業に九十九年間、港の運営権をリースすることになりました。「返せないなら、港は中国がもらいます」というわけです。これを西側は「現代版・植民地主義」とも言いますが、中国からすれば不当な批判でもあります。
中国にとって港は、一帯一路構想の戦略拠点です。一帯一路には陸路と海路があり、海路で軍事的に重要な港はかなり押さえています。スリランカのコロンボの沖合にある、ハンバントタ港もそうです。ここはインドの南東の位置にあり、中東とアジアとの中継地点になります。非常に大きな港で、世界中の船が燃料補給のために、ここに立ち寄ります。ここを開発したのが中国です。すごく地の利のよい港でしたが、結局スリランカ政府は借金を返せず、差し押さえられてしまった。とにかく中国はしたたかです。押さえたい場所があり、そこを押さえるために開発資金を融資する。
借りたお金を返せなければ代わりのものを取られるのは、民間企業でも当たり前の話です。銀行でお金を借りるにも、担保が必要です。お金を返せなければ担保を取るというのは日本でも行われていることです。日本人は中国人を「ヤクザみたいに阿漕(あこぎ)」と批判しますが、批判したところで日本には一円も入ってきません。正義なんて通用しないのです。「銭を持ったほうが強い」という国際社会の冷酷な現実を日本人は直視すべきです。
日本も同じことをやれとは言いませんが、日本のような性善説では結局負けるということを見据えておく必要があります。中国が「暴力」ではなく、「話し合い」で物事を進めようとしていることは確かです。お金を貸して、返せなかったら港をもらうだけの話です。話し合いもせず、いきなり軍隊を送り込んで戦争を起こすアメリカよりも、ある意味スマートです。
中国は東南アジアでも、一帯一路構想により、ラオス、タイ、ミャンマーとつながる流通ルートを開発しています。このルートがつながると、マラッカ海峡を通らずともミャンマーから昆明まで陸路で物流がつながります。マラッカ海峡が封鎖されても、中国は生き延びられます。
中国の石油の多くはサウジアラビアに頼っています。石油タンカーはマラッカ海峡を通って中国に入ってきます。これについても、マラッカ海峡を経由せず、途中から陸路でサウジアラビアの石油を運べるようになれば、海峡封鎖を恐れることがなくなります。
そこで、中国が進めているのが、パキスタン南西部にあるグワダル港にサウジアラムコ社の精油所をつくるプロジェクトです。中国とパキスタンは地続きですから、グワダル港から中国までパイプラインでつなげば、有事が起きても、陸路でサウジアラビアの石油を運ぶことができます。
中国とロシアの同床異夢
二十年ほど前はコストを低減したい日本や米欧の企業が、生産拠点を相次いで中国に移しました。それが経済成長に伴う人件費の高騰により、中国での生産は採算が合わなくなっています。そこで東南アジアやメキシコなどに工場を移転し、中国では製造業の空洞化が起きているとも言われます。世界は次の投資先となる「ネクストチャイナ」に向かっています。かつて「世界の工場」と言われた中国は、もはやそうではなくなりつつある。中国もそれがわかっていて、習近平政権は「世界の消費地」という方向で動いています。
ただしネクストチャイナでつくる製品の原料や素材、部品は、どの国も中国から買っています。これは貿易統計を見れば明らかで、中国の最大の輸出先は、西側先進国でなくASEAN(東南アジア諸国連合)諸国になっています。中国は新たな貿易ルートを巧みに形成し、新たな時代の変化に適応しています。米中対立も、中国のASEANへの投資が急拡大する一因になっています。
しかし、中国に対し、ASEAN諸国は警戒しています。さらに、ロシアも中国との昨今の蜜月関係とは裏腹に、警戒しています。中ロが覇権争いをしているのは、上海協力機構での動きを見ても明らかです。かつてロシアは自分の発言権を高めるためにインドを上海協力機構に加盟させ、中国はインドと敵対するパキスタンを加盟させました。お互い相手を有利な立場にさせたくないのです。
またロシアはウクライナ戦争以降、北朝鮮に接近しています。二〇二四年六月にはプーチン大統領が二十四年ぶりに北朝鮮を訪問し、金正恩総書記と会談しました。こうしたロシアと北朝鮮の蜜月関係が、中国は気に食わない。中国としては、自分の裏庭に手を突っ込んできたという気持ちでしょう。中国とロシアはその同盟関係とは裏腹に同床異夢です。
中国とロシアでは一見、中国のほうが勝っているように見えるかもしれません。しかし、ロシアの強さは実物商品(コモディティ)が豊富なところにあります。
ロシアにはエネルギーも食料も稀少金属も、すべてあります。たとえばロシアのノリリスク・ニッケル社は、ニッケルとパラジウムの生産で世界一を誇ります。なかでもニッケルは、ステンレス鋼、合金、電池、メッキなど、あらゆるところで使われる金属です。
日本のメディアは二〇二二年二月のウクライナ侵攻以降、「ロシアは終わりだ」「プーチンは気が狂っている」などと言っていますが、まったくの嘘です。ロシアでは、国際南北輸送回廊をつくる計画が進んでいます。ロシア、アゼルバイジャン、イラン、インドをつなぐパイプラインや高速道路や鉄道をつくるというものです。これによりロシアの石油をはじめ、さまざまな資源・資材を、大消費地であるインドに大量に届けられるようになります。グローバルサウスの可能性を感じさせる計画の一つといえます。
歴史を遡ると、十九世紀のロシアはイギリスと、「グレートゲーム」と呼ばれるユーラシア大陸を巡る覇権争いをしていました。この戦いで、ロシアはアゼルバイジャン、イランを通って英領インド帝国に至る南下政策を進めようとしましたが、最終的にイギリスに敗れ、撤退せざるを得なくなります。この苦い歴史があり、現在、ロシアは国際南北輸送回廊を築き、二十一世紀版グレートゲームに勝利しようとしているのです。
国際南北輸送回廊を完成させるため、同盟国だったアルメニアと手を切り、西側寄りだったアゼルバイジャンと手を組むといったこともしています。ロシアは極めて合理的で、どこに国益があるかを見抜き、外交のパートナーを次々と変えています。「ロシアには友人はいない。二人の同盟者だけがおり、それはロシアの陸軍と海軍である」。ロシア皇帝アレクサンドル三世の言葉ですが、プーチン大統領はこの言葉を座右の銘にしています。ロシアのマキャベリズムがよくうかがえます。国家は本来、そうあるべきです。今後、中国とロシアの関係はどうなるかというと、対立はあってもそれなりに協調していくでしょう。そこはしっかり約束ができていて、上海協力機構はそのための組織です。
日本とロシアとの協力
ロシアが北方領土を返さないのは、日米同盟があるからと言われます。北方領土を返したら、そこにアメリカの基地ができる可能性が生じます。日本は、アメリカに「北方領土にミサイル配備する」と言われれば反対できないというわけです。そうなるとロシアは西側と東側から挟み打ちされることになります。
北方領土はオホーツク海の防衛ラインです。北海道から千島列島、カムチャッカ半島までつながり、海の中で壁の役割を果たしています。アメリカの原子力潜水艦も、そう簡単に入れません。北方領土にアメリカの拠点ができれば、オホーツク海はNATOの勢力圏になります。その意味でもロシアは北方領土を返すことができません。
そこで、「日米同盟はそろそろ終わりにしましょう」という指摘もなされます。アメリカは最早世界の警察の役割りは担えないでしょう。アメリカ軍は世界からどんどん撤退する。
しかし、日米同盟を基軸に日本外交を展開していくことは重要です。やはり、アメリカの後ろ楯あってこそ、アジアにおける日本の地位があるからです。残念ながら、日本はアメリカの力を軽視できません。どれだけ、クアッド(日本・アメリカ・オーストラリア・インドの四カ国による「日米豪印戦略対話」、Quadrilateral Security Dialogue)のような仕組みや東南アジア地域の多元的外交の仕組みを組み立てても、それらの国々は最後は信用できません。もちろんアメリカも信用できませんが、アメリカという後ろ楯があることは一定の牽制力や抑止力になります。
いざ有事になってもアメリカ軍は助けてくれないでしょう。二〇二一年のアフガニスタン撤退が示すように、アメリカ軍はさっさと逃げます。それでもアメリカの存在感は大きな抑止力になります。
中国が台湾侵攻をしない、あるいは尖閣諸島に手を出さずにいるのも、アメリカの存在があることは否定できません。つまり日米同盟を基軸としながら、インドをはじめクアッドの国々と多面的外交を積極的に進めていく。そこにロシアも含める。他の国々と同様、ロシアとの連携も進めていくことが日本の国益になるでしょう。ロシアとは距離を置きながら連携し、利用できるところは利用するのがよいのです。
ウクライナ戦争が起きたときから、日本外交にとって一番重要なのは、中ロ接近にクサビを打ち込むことです。中国とロシア相手に二正面作戦をとるのは困難であり、日本の安全保障上の脅威です。
高市早苗首相が昨年十月二十八日の日米首脳会談で、トランプ大統領に対し、ロシア極東サハリン沖の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」からの撤退は困難だとの立場を伝えました。アメリカ側は液化天然ガス(LNG)を含むロシア産エネルギーの輸入停止を要求していましたが、首相は「日本が手を引けば(代わりに権益取得に動く)中国やロシアが喜ぶだけだ」などと説得したとされます。サハリン2には日本企業が参画し、日本のLNG輸入の約九%を占めます。
ロシアとのエネルギー供給の連携を続けていくことを表明した反面、高市首相は昨年の十一月二十二日、ヨハネスブルクのG20首脳会議EUの主催で開催されたウクライナの和平に関する関係国首脳会合に出席し、「ウクライナの将来はウクライナの意思を最大限尊重し、支えていくべきだ」と発言し、「国境が武力で変更されるべきでない」と訴えています。
日本にとって最大の軍事的脅威は、やはり中国です。危機が高まる中で、中国に対する抑止力として、ロシアと良好な関係を築くことが肝要です。



