『日本』令和元年11月号

貿易戦争と日米貿易交渉の帰結

今岡日出紀 /島根県立大学名誉教授


一 貿易戦争の不思議

貿易戦争とは、米国と米国の貿易収支赤字に大きなシェアを占める貿易相手国との間の二国間貿易紛 争です。この紛争の仕掛け国は米国で、紛争相手国の対米貿易黒字を減少させるという目標を達成させるように、米国は制裁関税を賦課すると相手国を威嚇して、一方的に自国の要求を相手国に飲ませるよう強圧的に迫ります。この戦争の米国の相手国は、メキシコ、カナダ、EU、日本、中国などです。巨大な国内市場へ相手国が進出することを認めることを餌にした、大国米国による一方的強圧的貿易交渉であります。米中間の交渉だけは、米国による制裁関税に対して、中国が報復関税を賦課して対抗し、それに米国がさらに追加制裁関税を課し、更に中国が追加報復関税を課すといった連鎖が続き、さながら本当の戦争のような様相を呈していることから、貿易戦争という命名は当を得たものと思われます。

 

このような貿易戦争に関して幾つかの不可解な点があります。まず、何故、米国は輸入関税という政策手段を使ったのかという疑問があります。我々は大学初学年のころ、輸入関税は外国からの輸入を制限する手段としては、最悪な政策手段であると教えられました。何故ならば輸入関税を課すと当該製品の国内価格が上昇し、それにより国内の生産者の生産は増加して輸入を減らす効果があるからです。しかし、これと同時に国内価格が上昇すれば、これを消費する消費者は当該製品の消費を減らして輸入を減らします。

 

それ故に、輸入関税は消費者の犠牲の上に、輸入を制限するということになります。さらに、生産者は関税で引き上げられた価格の下で国内生産を増やすわけですから、引き上げられた価格の下でのみ生き残ることを意味します。非効率な企業が生き残るというコストも発生することになります。また、中国も同様に報復輸入関税を課して米国に対抗していますので、米国からの輸入を減らすに際しては、米国同様のコストを発生させながら、米国との貿易戦争を戦うことになります。

 

両大国のこのような戦闘的貿易政策の展開は、第三国の貿易にマイナス効果をもたらし、この効果が両大国の国内経済にマイナス効果をもたらすでしょう。貿易戦争がもたらす世界貿易の縮小は、世界経済の不況化をもたらすことになります。既に、米中貿易戦争が世界経済の不況化を招来しつつあるという認識が広まりつつあります。


二 日米貿易交渉とTPP 

米中貿易戦争が熾 し烈 れつに戦われている間、日米貿易交渉も始まっていました。米国は自動車・自動車部品へ二・五%という関税を課していますが、この関税率をさらに引き上げたいと要求しています。もし日本が米国の要求を飲まないならば、この自動車・自動車部品に対してさらに二五%の制裁関税を課すという圧力をかけてきました。結局、米国の対日要求は、牛肉、豚肉、コメ、その他農産品に対する関税率の引き下げ、自動車・自動車部品に対する輸入関税率の引き上げ、この交渉の過程で出てきた六百万トンのトウモロコシの輸入の三点だったと言って良いでしょう。

 

先日の国連総会での日米首脳会談で、この交渉は最終的妥結に至りました。それによれば、牛肉、豚肉等の関税引き下げ率は、日本がTPP(環太平洋経済連携協定)の水準まで引き下げること、コメに関しては据え置き、および今年限りのトウモロコシ六百万トンの輸入の了解、自動車・自動車部品の関税率の引き上げについてはしかるべき時期まで据え置くことで米国は了解して、二五%の制裁関税の賦課については当面発動しないということで合意しました。

 

アメリカとの強圧的貿易交渉を通じて、日本がTPPに譲許している輸入関税の水準に一切抵触しない条件の下で交渉を妥結したことは、TPPの加盟諸国から称賛をもって迎えられることでしょう。牛肉、豚肉、その他の畜産物の輸入関税は日本が引き下げるという妥協をしましたが、この関税率の引き下げは、TPPへ譲許した関税率を下限とすることになりました。米については据え置きということになり、また自動車・自動車部品についても現行の米国の輸入関税率は据え置かれたままです。つまり、TPP諸国の間の競争条件は今回の日米貿易交渉の妥結によって何ら変化が見られないということです。アメリカの圧力に負けなかった日本ということで、日本は信頼をTPP加盟国から得て、リーダーシップを強めることになるでしょう。


  三 GATT・WTOの弱体化とTPP 

GATT、WTO(世界貿易機関)の自由貿易体制について若干述べておくことが必要でしょう。まず、GATTは米国をリーダーとして連合国諸国が集まって、一九四五年に設立された自由貿易制度です。加盟国は原則、貿易の数量制限は存在しないGATT八条国と規定されました。ただし、発展途上国で幼稚産業を育成することが必要な国は、GATT十一条国として数量制限が認められてGATTへの加盟が認められていました。これ等の加盟国は互恵無差別の指導原理の下、最恵国待遇の原理に従って多角的貿易交渉(ラウンド)方式によって、製造工業品の関税率を引き下げたので、一九八〇年代までには歴史上最低の関税率を達成することになりました。ダンピングおよび輸出補助金を使った輸出は不公正貿易とされ、被害国は反ダンピング税、相殺関税を課すことが出来たし、また比較優位を失った産業に対しては、セーフガード条項によって救済措置を取ることが許されていました。これがGATT自由貿易制度のあらましです。

 

世界経済がグローバリゼーションによって変化してきたのを受けて、これに対応する新しい制度であるWTOが一九九五年から協定締結交渉を始めましたが、新たな多角的貿易交渉の開始に手間取り、二〇一一年のドーハ・ラウンドでWTOの近い将来の最終合意を断念することを決定するに至ったのです。新しい貿易環境に対処すべく発足したWTOは、現在も存続はしていますが、その影響力は大いに低下してしまったのです。このような状況に対処すべく米国のリーダーシップのもとでTPPの締結に向けての話し合いが始まりました。

 

当初、米国は二〇〇〇年代初頭より、中国が台頭して東アジアでその影響力が拡大強化していることに警戒を強めていました。中国が東アジアの覇権を握れば、今後さらにダイナミックな成長が見込まれる東アジアでの米国の権益が大きく損なわれるとの懸念が急速に高まり、アジア太平洋に進出の拠点を作ることが急務であると考え、TPPがその拠点と想定されたのでした。しかし、米国の議会ではTPPの推進を積極的に進める雰囲気ではなかったので、TPP交渉から脱落せざるを得なくなりました。

 

残された日本は、この機をとらえて「失われた二〇年」から回復するための起爆剤として、TPPに積極的にかかわり始めました。馬田啓一・木村福成・浦田秀次郎(編著)氏の、『日本のTPP戦略―課題と展望』(文眞堂、平成二十四年刊)では、アジア太平洋地区で生産ネットワーク(サプライチェーン)の展開を容易にしたとの意義付けをしています。

 

TPP加盟諸国から得られた日本への信頼感を基に、日本はEUと経済連携協定を結び、EUとTPPを結び付け、ここで指導的役割を果たしたいとしているように見えます。