『日本』令和元年8月号

北東アジアの情勢変化で日米安保条約再検証が必要に

吉原恒雄 /元拓殖大学教授


海軍力強化に伴って海洋進出を強めている中国や核・ミサイル開発を継続している北朝鮮の脅威が高まっている最中に、トランプ米大統領が日米安保条約の片務性に不満を述べたことは、図らずも日本のこれまでの安全保障体制を再検討する絶好の機会となった。だが、我が国の反応は、米政府の在日米軍駐留費の負担増や貿易協定で譲歩を迫る布石といった経済次元での議論に矮小化されているようだ。

 

トランプ大統領は六月二十六日に、FOXビジネステレビのインタビューで「日本が攻撃されたら米国は第三次世界大戦を戦うだろう。米国は、命を懸けて、いかなる犠牲を払っても日本を守る。それなのに米国が攻撃されたとき、日本はテレビで見ていられる」と強調。二十九日のG 20 大阪サミット後の記者会見でも、同趣旨の発言を繰り返していた。米国のブルームバーグ通信は、同大統領が側近との私的会話で条約の破棄まで言及していると報道している。「条約の破棄を考えているのか」との質問に大統領は「ノー」と答えた後、「米国が日本を助けるなら、日本も米国を助ける必要がある」と付け加えている。同大統領の主たる狙いは、条約の片務性の是正にあると言ってよい。

 

現在、米軍駐留関連の経費負担率は、イタリア、ドイツや韓国が約三〇~四〇%なのに対し、日本は八〇%を大幅に上回っている。日本の今年度予算での在日米軍駐留関連経費は、三千八百八十八億円に達している。このうち一千九百億円は、「日米地位協定」では米国側が負担することになっている基地労働者の給与、光熱水費、訓練移転費であり、“思いやり予算”と称して日本側が支払っている。従って駐留米軍経費の負担率が少ないどころか、非常に多いと言える。

 

もっとも、ブルームバーグ通信は、今年三月に、トランプ政権が日本など同盟国による米軍駐留経費の負担を巡り、全経費の一・五倍超の負担を求める「コスト・プラス 50 」計画を検討していると報道している。報道によると、この計画名はトランプ大統領が命名したとしている。端的に言えば、「プラス50 」は同盟相手国防衛の一部を負担してやっているお礼ということになる。米政府当局者は同報道を否定しているが、トランプ大統領が思いつきそうなプランではある。

 

一方、同大統領は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を米国からの「土地収奪」と見ていると伝えられる。だが、米軍施設のある土地は地主から日本政府が借り上げ、米国に貸与している。従って、地代は日本政府が基地の土地を提供している地主に支払っている。


条約は対日軍事支援を明記していない  

問題なのはトランプ大統領が「日本が攻撃されたら、米国はいかなる犠牲を払っても日本を守る」との発言の当否である。日米安保条約の条文と米国の能力の双方から検証する必要がある。我が国では冷戦下から安保条約に万全の信頼を寄せており、冷戦終結後の現在も変わりはない。しかし冷戦下で、日米安保条約を北大西洋条約(NATO条約)と比較するなどしてその信頼性を検証することはなかった。冷戦が終わって国際社会が双極化から多極化社会になった後も、安保条約を再検証することを怠り、現在に至っている。

 

軍事同盟の信頼性を調べる指標の一つとして、「条約締結国の保証するコミットメントの形態」が用いられる。コミットメントの形態とは、同盟国が武力攻撃を受けた際にどのような対応義務を負っているかということである。「NATO条約」では、「その必要と認める行動(兵力の使用を含む)を個別的に及び他の締約国と共同して、直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助することに同意する」と規定している。因みに、この自動参戦を義務付けた規定は、「ヘア・トリガー条項」と呼ばれている。旧ワルシャワ条約、旧中ソ条約、旧ソ朝条約にもあったし、中朝条約にも残っている。

 

しかし日米安保条約の場合は、「自国の憲法上の手続き、規定に従って、共通の危険に対処するよう行動することを宣言する」と規定するにとどまっている。NATO条約と違って直ちに兵力使用をするとの表現はない。このため、その支援は同盟相手国への武器弾薬援助や攻撃国への厳しい経済制裁などでも条約を遵守したことになる。モラルサポートだけでもよいとも解せられる。ただ、米国が父祖の地である欧州諸国以外と結んでいる安全保障条約では、日米安保条約とほぼ同じ内容であり、日本だけが差別されているわけではない。

 

それだけではない。日米安保条約の適用地域はNATO諸国に比べると、極めて狭い。NATO条約では「ヨーロッパ若しくは北アメリカにおける締結国の領域」はむろん、「締結国の軍隊、船舶又は航空機で前記の地域、地中海、北回帰線以北の北大西洋又はそれらの上空にあるもの」までを対象にしている。ところが、日米条約では「日本国の施政下にある領域」に限定している。一九六〇年の条約改定時には「米国の争いに巻き込まれないですむ」として、利点とされた。しかし日本は島国であり、石油などの資源や食糧の輸入、各種商品の輸出のためには、海上交通路の確保は死活的に重要である。つまり、領土が攻撃、占領されたりしなくても、侵略国の支配下に置かれる事態になるのである。


必要な実態面での日米防衛協力体制の確立  

米国は第一次、第二次世界大戦で英国などを支援するため参戦した。軍事同盟は結んでいなかったが、それら諸国が父祖の地であるということで参戦したのである。ここで留意すべきは、条約上の規定だけでなく、条約に基づいて有事の際の対応体勢を常日頃から整備しておくことである。冷戦下でNATO条約は有事に備えて統合軍を編成するなど、有事に即応できる体勢を整えていた。現代戦は戦闘のスピードが極めて速く、かつ長射程ミサイルの登場で国家領域全体が戦場になるので、武力侵攻が始まってから防衛体勢を整備することは、極めて困難であるからだ。

 

だが、我が国で「日米防衛協力」が政策課題として登場したのは、坂田道太氏が防衛庁長官に就任した昭和五十年代になってからである。しかし、米国とNATO諸国間に見られるような有事における即応体勢の整備は、憲法解釈上の障害のため、依然として未整備のままである。日本の防衛体制自体が、依然として日本に武力侵攻があった際は「防御は自衛隊、攻撃は米軍」が対応するというのが、建て前になっているからだ。自衛隊に敵基地攻撃能力が欠如しているため、戦闘次元での軍事協力は政治の課題にもなっていない。

 

条約規定に不備があっても、冷戦下では西側陣営の指導的国家である米国は、日本を守らざるを得なかった。侵略によって日本が東側陣営に移れば、東西のバランスが崩れて、東側に有利な状況になるからである。それは西側陣営の盟主・米国のメンツにもかかわる事態でもあった。だが、冷戦は終わり、米国は依然として大国だが、自由主義陣営の盟主ではない。何時までも冷戦下におけるように米国の対日防衛公約が継続すると考えてはならない。

 

また、米国の軍事力はオールマイティーではなくなっている。「世界の警察官をやめる」(オバマ前大統領)との意向表明は、国際社会の現状と米国の指導力低下を踏まえたものであり、今後の米国の対外政策の基本となろう。多額の在日米軍の駐留関連経費を負担しているから、冷戦下と同じように米国が何時までも日本を守ってくれるという保証はないのだ。条約の実効性を高めるためには、相互防衛を明記することが肝要である。