『日本』令和4年2月号
「こども庁」「こども基本法」論議の問題点
髙橋史朗 /モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授 麗澤大学大学院客員教授
「家庭」を削除する理由の不当性
「こども政策の推進に係る有識者会議」報告書を踏まえて、「こども庁」創設に向けた政府の基本方針が決定され、「こども庁」設置法案と「こども基本法」の制定に向けて準備が進められている。自民党の自見はなこ、山田太郎両議員が共同事務所を立ち上げて進めてきた「チルドレン・ファーストの子どもの行政のあり方勉強会」で、当初の「こども家庭庁」という名称を「こども庁」に変更した理由は、「虐待された子は、家庭という言葉に傷つくから」とのことであった。
昨年十二月八日に自民党本部で開かれた「青少年健全育成推進調査会」で、「青少年健全育成と家庭教育支援 ――『子供の最善の利益』の視点から」というテーマで講演を依頼され、講演の最後に「こども家庭庁」に戻すべきだと強調した。このことが朝日新聞で報道され、「アベマプライム」というテレビ朝日のネット番組に出演を求められ、大きく取り上げられた。
「こども家庭庁」への名称変更は「戦前の家父長制の復活を目指すものだ」との不当なレッテル貼りに対して、私は次の三つの視点から反論した。第一に、子供の危機的状況は家庭の問題と密接不可分の関係にある。第二に、精神科医の岡田尊司氏が著作の『母という病』『父という病』『夫婦という病』で明らかにしているように、子育ての問題を通して、親と子が「共に育つ」必要がある。第三に、「育児」の前に、親自身が「心のコップ」を上に向ける「育自」が必要であり、「親性」の発達を支援する「親育ち支援」が必要である。
そもそも、自民党も公明党も「子ども家庭庁」を選挙公約に明記しており、旧民主党も「子ども家庭省」を提唱していた。今回の名称変更が「自民党保守派に配慮」した結果だと言うのは、無用な対立をあおるマスコミの誤報だと反論した上で、「虐待を受けた子供が傷つくから」という暴論に対して、二つの比喩で不当である根拠を説明した。
ナイフは強盗が悪用すれば「ドス」になるが、名医が善用すれば「メス」になる。「ドス」になる危険性があるからナイフはなくした方が良い、とは言えないだろう。また、台風被害で苦しんだ人が天気予報を聞いたら「フラッシュバック」の恐怖心に襲われるから、天気予報はなくした方が良いとは言えない。この二つの例を聞いて、パネラーの「パックン」がさらに付け加えた例が面白かった。
交通事故にあった人が「国土交通省」にクレイムをつけたり、スポーツの試合で不祥事があったからといって「スポーツ庁」という名称を問題視するのはおかしいというわけである。この四つの具体的な反論でこの場での論争については事実上「こども家庭庁」に決着した。
教育荒廃の原因は「誤った子供中心主義」
「こども庁」論議の核心は、「子供の最善の利益」とは何かを明らかにすることである。子供の意見に耳を傾けながら、何でも聞き入れるのではなく、目先の利益の保障ではなく、長い目で見た「子供の最善の利益」とは何かについて深く洞察する「教育的配慮」が求められる。
教育荒廃の原因は「誤った子供中心主義」にあるというのが、欧米の共通認識である。
ブッシュ元米大統領は「米二〇〇〇教育戦略」において、教育荒廃の原因は子供中心主義の教育理念にあると指摘し、ミッテラン元仏大統領も「子供中心主義による教育が共同的記憶を喪失させ、わが国に損失をもたらす」と教育荒廃を総括した。
また、サッチャー元英首相は「子供中心主義とマルクス主義が教育荒廃の原因だ」と明言し、教育現場を厳しくチェックする「教育水準局」を新設し、偏向教育が是正され、学力も大きく向上した。日本の国会議員有志がこのサッチャー教育改革の現地視察を踏まえた共同研究を行い、その成果が中西輝政氏監修『サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道 ―― 英国教育調査報告』(PHP研究所)として出版された。
安倍政権下の教育改革はこの英国視察を踏まえて行われ、教育基本法を改正して、親の責任は子供の基本的生活習慣を身につけさせること、自立心の育成、心身の調和のとれた発達の促進にあることを明らかにし、偏向歴史教科書の是正などにも取り組んだ。今日の「こども庁」「こども基本法」論議は、教育基本法を空洞化しかねない危険性を孕(はら)んでいる。
懸念される「こども基本法」
最も懸念されるのは、超党派の議員立法として準備が進められている「こども基本法」の具体的中身である。前述した政府の有識者会議報告書は、次のように明記している。
「こどもに関するすべての政策の基盤となる『こども基本法(仮称)』の制定において、こどもの意見を聴取し、発達段階に応じ、繁栄するための仕組み、さらには、こどもの視点に立って、こどもに関する政策を監視・評価し、関係省庁に対して必要な勧告を行うことができるような機能について検討することが求められる」
最大の問題は、こども政策の監視機関がどのようなものになるか、という点である。教育基本法との関係を明確に確認し、改正教育基本法は「子供の最善の利益」に反するものでないことを確認する条文を設定する必要がある。そうしなければ、改正教育基本法を否定する「こども基本法」になる危険性があり、これまでの子供に関する法令も損傷を被(こうむ)るおそれがある。
「こども基本法」の制定を強力に後押ししている日本弁護士連合会は、「子どもの権利基本法案」の第一章(目的)に、子どもは「権利を行使する主体」と明記しており、従来の「保護の対象」から「権利行使の主体」への子供観のコペルニクス的転換を狙っている。「こども基本法」が、「児童の権利条約」を歪曲解釈した子供観に立脚するのか、厳しくチェックする必要がある。
日本財団が事務局の「子ども基本法」研究会の第一回の講師に招かれている「子どもの人権連」(日教組内に事務局が置かれている)幹部の平野裕二氏の共著『生徒人権手帳』には、「国連子どもの権利条約を学校の中へ」と題して、「日の丸・君が代・元号を拒否する権利」「自由な恋愛を楽しむ権利」「セックスするかしないかを自分で決める権利」「つまらない授業を拒否する権利」「学校に行かない権利」「行事への参加を拒否する権利」「自分の服装は自分で決める権利」「自分の髪型は自分で決める権利」「飲酒・喫煙を理由に処分を受けない権利」「学校行事を自分たちで作り、自治を行う権利」「署名を集め、回答を求める権利」「職員会議を傍聴する権利」「校則改正の権利」「校則の見直しを見直す権利」「体罰を受けない権利」「罰としての労働を拒否する権利」「部活動を拒否する権利」「オートバイに乗る権利」「集会・団結・結社・サークルと政治活動の権利」などが盛り込まれている。
こうした子供の権利が保障されているかを監視する政府や行政から独立した機関が設置されれば、教育現場が大混乱に陥ることは必至である。監視機関には左派が委員を送り込み、「差別」を根拠にした「逆差別」が全国に広がることは避けられない。詳しくは拙著『こども庁問題Q&A』(歴史認識問題研究会)と、モラロジー道徳教育財団の「道徳サロン」の拙稿連載、及び同研究会のHP(拙著『Q&A』の全文と「道徳サロン」の拙稿連載の全文が見られる)を参照して頂きたい。