『日本』令和6年2月号

二月号巻頭言 「積善の家」 解説

『易経』にあるこの有名な格言は、分かり易いこともあって、私も早くから知ってはゐたが、諸書の注解が「積善」を「善いことを積み行ふ」とし、「積不善」を「不善の行ひを積み行ふ」と解してゐたから、「積善」はとても私にとって実践が出来さうもなく、一方また「不善の行ひ」を重ねて犯しさうもないと考へられたため、余りこの格言を重要な教へとして受け止めることのないままに過ごして来た。

ところがその後、伊藤仁斎がその著書の中で、「積善」の「善」は「誠実・正直」であること、「積悪」の「悪」は「不誠実」や「不正直」であると説いてゐることを知って、俄に身近な訓戒であると考へを改めた。

この仁斎の解釈に従へば、少し努力をすれば「積善」も実行可能であり、一方また油断をすれば、「積悪」を犯しかねず、『易経』のこの格言は実に重要な身近な教訓となる。

古聖賢の訓戒も正しく解釈し得るか否かで、切迫した教へとなるか否か、の好例であって、ただ古聖賢の教へを言葉として知ったといふだけでは、何の切磋にもならないといふことを覚悟すべきなのである。

(小谷惠造)