『日本』令和6年5月号
政治腐敗の根底には国家理念の喪失がある
「なんちゃって改憲論」のなれの果て
慶野義雄 /平成国際大学名誉教授
パーティー券裏金問題
昨年十二月、政治資金規正法違反容疑で、自民党安倍派と二階派に、東京地検の捜査が入り、パーティー券売り上げのキックバックによる裏金作りの実態が国民の目に晒(さら)された。政治家の金銭腐敗といえば、ロッキード事件、リクルート事件などが思い浮かぶが、安倍派(清和会)を中心とするパー券裏金事件はそれらをしのぐ大スキャンダルであった。池田佳隆衆院議員とその政策秘書が逮捕され、安倍派と二階派、岸田派の会計責任者、大野泰正参院議員、谷川弥一衆院議員などが在宅あるいは略式起訴された。裏金化の手口はこうだ。派閥は、所属議員に役職や当選回数などに応じてパー券の販売ノルマを決める。議員は売上金を派閥に上納するが、ノルマを超えた分は裏金になって議員に還流される。表の政治資金報告書とは別に、実際の金の出入りを記す裏帳簿がある。直近五年間に安倍派だけで六億七千五百万円の不記載があった。二階派にも同様の環流はあったが、その総額と還流を受けた議員数は安倍派には及ばない。安倍派議員のおよそ九割が裏金を受けた。例によって、刑事事件として立件されるのは主に秘書や会計責任者、罪名も虚偽記載の微罪、ほとんどの議員は逮捕、起訴を免れた。しかし、悪質度はロッキード事件やリクルート事件を上回る。なぜなら、前の二件は、発案者は贈賄側で、政治家は誘いに乗っただけだ。今回の事件は、政治家自身がシステムを開発した計画的犯行だからだ。
旧統一教会との癒着
裏金腐敗にまして深刻なのは、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との癒着問題である。令和四年七月、参議院選挙の直前、安倍元首相が信者の元二世、山上徹也によって射殺された。選挙は、元首相への同情票もあって自民党が大勝するが、この事件をきっかけに、自民党、特に安倍派と反日カルト教団との関係が明らかになる。
八十年代以後、統一教会の霊感商法、国際合同結婚式、本体を隠した信者勧誘、洗脳による信者からの高額献金の収奪などが頻発し社会問題になっていた。九十年代には、統一教会と並ぶカルト教団のオウム真理教が凶悪テロ事件を起こし、平成七年に解散に追い込まれていた。次に解散命令が下りるのは統一教会かとの予想もあった。悪名高い統一教会の名称では、今までのような錬金術もやりにくい。新たなカモである信者の獲得も難しくなる。そこで、平成九年、教団は文科省に世界平和統一家庭連合への名称変更を申請する。その後、何度か申請が繰り返されたが、認証には至らなかった。名称変更という作戦と並行して、政治家を抱き込むというもう一つの戦略が押し進められた。教団は、タダ働きする信者を、議員秘書として、また選挙時の電話のかけ子として、政権政党の候補者のもとに送り込む。政党を乗っ取り、政策に影響を与える作戦である。平成八年前後、文化庁宗務課内では解散命令のことが話題になるほどで、名称変更は却下されてきた。ところが十九年後の平成二十七年、安倍派の下村博文文科大臣の時、突如、名称変更が認証された。
安倍元首相の歿後、自民党及び安倍元首相、安倍派と旧統一教会の癒着のベールが剝(は)がされる。山上徹也が安倍元首相を襲ったのは、山上の母が統一教会に入信し、マインドコントロールにより一億円以上を献金させられ、一家は破産、家庭も崩壊し、成績優秀だった山上は大学進学を断念せざるをえなかったからである。山上は、安倍元首相が、統一教会系の団体のパーティーに際し、文鮮明教祖夫妻を讃える歯の浮いたようなビデオメッセージを送り、教団の広告塔を演じていることを知った。山上は、最初、文鮮明の妻である韓鶴子二代目総裁を狙ったが、次に、元首相を日本人中最も影響力のある文鮮明の弟子と考えて、元首相に標的を変えたのだろう。
自民党は、党所属の国会議員に対し、旧統一教会との関係の有無等を問う調査を行い、令和四年九月に結果を公表した。教会と何らかの関係があった者は、自民党議員三七九人中一七九人、その後一人増えて一八〇人、元首相、党籍を離れていた細田博之衆院議長はこの数に含まれていない。また、細田議長が統一教会のパーティーに出席して主賓挨拶をする映像が出てくる。元総理秘書官の井上義行は選挙中に開かれた旧統一教会系会合で、教会の食口(信者)になったと紹介されている。伊達忠一参院議長は、参院選において旧統一教会票を宮島喜文に回してくれと安倍元首相に頼んだが断られたという。その票は食口と紹介された井上義行に行ったようである。青山繁晴参院議員は、元首相に、旧統一教会票を割り振っているのかと質ただし、そうだとの答えに、それだけは止めてくれと頼んだが首を縦に振らなかったと語っている。これらのことは、三権の長たる元首相、衆参両院議長が、また国家機密を扱う総理秘書官が旧統一教会の支配下にあったことを意味する。
自己申告による党の調査で公表されたのは氷山の一角にすぎない。旧統一教会との関係を隠して、文科大臣の座を射止めた盛山正仁氏(岸田派)は、教会により、自ら署名した推薦確約書を暴露され、苦境に立っている。野党やマスコミは、推薦確約書は事実上の政策協定書だとして批判する。筆者に言わせれば、「政策協定書」という批判はむしろ甘すぎる。協定書なら双方が署名するが、この文書は、借金証文のように、一方だけが署名し義務を負う証文であり、旧統一教会の忠実な配下として隷属しますと「誓い奉る」上下関係明白な誓文なのである。宗教法人を所管する文科省のトップが、解散請求命令手続きの対象である統一教会の僕(しもべ)であるという笑えない冗談である。
自民党改憲案への疑惑
通常、政治腐敗は政治家の金銭腐敗として表面化するが、根底にはもっと大きな政治理念の腐敗が潜んでいる。組織的な裏金問題、旧統一教会癒着問題など、特に安倍派周辺には不祥事が多い。これは決して偶然ではなく、同派周辺において深刻な理念腐敗が生じているからではないか。
憲法改正、夫婦別姓の阻止、スパイ防止法の制定などの保守的な政策目標が、自民党と統一教会を結びつけたとする見方がある。しかしながら、旧統一教会の掲げる綱領は、いずれも、御都合主義的な口実に過ぎない。教会の教義によれば、韓国はアダム、日本はイヴである。イヴは、原罪により、また戦前の植民地支配の贖罪(しょくざい)のため、アダム国の韓国に償わなければならない。日本から主権を奪って韓国に主権を集中する。これが、どうして憲法改正論と繋がるのか。夫婦別姓阻止というが、教祖夫妻自身が、文と韓で夫婦別姓、韓国で夫婦同姓運動を展開している話も聞かない。スパイ防止法というが、教団自体が外国の司令塔の指図を受けて我が国の政権中枢への浸透を企(たくら)むスパイのようなものである。
安倍元首相は、国軍の保有という本来の憲法改正の目的を棚上げにし、第九条一項、二項を堅持したまま、九条の二に、自衛隊の保持を明記すると言い出した。戦争の放棄と戦力の不保持という肝心な部分を固定化する偽装改憲論である。改憲論のふりをしてなりすました「なんちゃって改憲論」である。肝心なのは、「自衛隊」を「明記」することではなく、自衛隊が「軍備」であるか否か、「軍隊」であるか否かを「明確にする」ことである。「明記」という言葉に騙されてはいけない。旧統一教会の教義は、日本の主権を奪い、韓国に主権を集中することであった。旧統一教会の浸透工作が徐々に進む中での突然の第九条二の加憲提案、元首相の改憲論の変節と無関係と言い切れるだろうか。