『日本』令和7年3月号
米韓大統領の暴走を包み込む時
宮地 忍 /元名古屋文理大学教授
米国でドナルド・トランプ大統領の第二期政権が始まり、予想通りの独善、暴走となっている。韓国では、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が昨年暮れに突然、「非常戒厳令」を発布。約五時間で解除して、身柄拘束される騒ぎを起こした。いずれも強い反発を受ける一方、厚い支持層もあり、対立を深めている。米韓という日本に最も親密である国が暴走、動揺する時、日本はどうあるべきか。少数与党に沈下した石破茂首相には、世界の先頭に立ち、国際協調と民主主義を守る気構えを持って頂きたい。
トランプ大統領の暴論、暴挙
トランプ大統領は、一月二十日(日本時間二十一日)の二期目就任式の前後から、暴論・暴挙とも言える施策を乱発して世界を驚かせている。就任と同時に、二〇二〇年の大統領選挙の際に連邦議会議事堂に乱入、起訴されていた千五百人余に恩赦を与えた。禁錮二十二年の極右団体元代表も含まれる。
対外的には、デンマーク領の自治区であるグリーンランドやパナマ運河の領有を主張、経済・軍事的圧力も辞さない姿勢を示した。また、カナダは米国の五十一番目の州になるべきだ、メキシコ湾はアメリカ湾と呼ぶべきだなどと主張した。
国際協調にも背を向け、世界保健機関(WHO)や「パリ協定」からの離脱も表明した。WHOは、新型コロナなど感染症対策で中心的な役割を果たし、途上国の感染予防や医療品の提供などを行っている。米国が世界最大の資金拠出国で、年間五億ドル(約七百六十億円)となるが、それが惜しいと言う。パリ協定は、地球温暖化対策を国際協調で行う協定であるが、トランプ大統領は一期目の終わりにも離脱を表明、バイデン政権になり復帰していた。米国は、中国に次ぐ世界第二位の温室効果ガスの排出国であるが、「厳しい排出削減は米国経済に損害を与え、成長を妨げる」と主張する。
ロシアによるウクライナ侵略については、「大統領就任から二十四時間以内に終わらせる」と豪語していたが、再就任直前に「六か月はほしい」と言い換えた。イスラエルとイスラム主義組織ハマスとのパレスチナでの戦闘では、荒廃したガザ地区を米国が領有、住民約二百万人全員を周辺国に移住させ再開発を行うと言い出し、住民や周辺国を驚かせている。
「関税」のカード化で国際経済を混乱に
国内問題でトランプ大統領が重視するのが、不法移民の問題である。米国には一千万人を超える不法移民がいるといわれ、「史上最大の強制送還を実施する」と主張する。摘発を進めると共に、拘束した不法移民は軽犯罪でも釈放しないとする法律を、第二期政権の新法第一号として制定。キューバ領のグアンタナモ米海軍基地内に、収容施設を設置することとした。
国際協調を軽視する大統領が脅しの手札にするのが、関税である。不法移民の流入阻止と併せて、米国内での乱用が問題となっている麻薬性鎮痛剤「フェンタニル」の流入阻止に協力しなければ二五%の関税をかけると、カナダ、メキシコを脅し上げた。フェンタニルの原料生産国と見なす中国には、一〇%の追加関税をかけるとした。まさに、「トランプのカード化」である。カナダ、メキシコは交渉に応じるとしたため、課徴の発動は三月まで一か月猶予されることになった。中国は、米国からの石炭や液化天然ガスに一五%、原油や農業機械に一〇%の追加関税をかけて対抗するほか、世界貿易機関に提訴する。
関税は、国の収入を図るほか、国内産業を守るため掛けられるが、特定の国を対象に別目的の交渉手段として賦課することは、自由貿易の理念に反する。米国の輸入額は、メキシコが一位、中国が二位、カナダが三位。メキシコ、カナダとは一定の条件を満たせば無税とする自由貿易協定が第一次トランプ政権の時に結ばれているが、思い付きの新政策が優先するようだ。関税は輸入する側の米国企業が納めることになり、物価高が米国民に降りかかる。両国が脅しに屈して妥協しても、中国との間で課税合戦が始まれば、世界の物流構造にも大きな影響を与えることになる。これらのことは、計算外であるようだ。不法移民は、米国の農業従事者の四割を占め、建設現場などでも低賃金で働く貴重な労働力ともされている。「米国第一主義」の言葉だけが、迷走している。
平時に非常戒厳令の韓国
韓国の暴走も驚くべきものがある。尹錫悦大統領が昨年十二月、四十五年ぶりの「非常戒厳令」を突然宣布、陸軍部隊を使って国会などを制圧しようとした。野党多数の国会や世論の反対に敗け、約五時間で解除したが、「野党による相次ぐ弾劾訴追、予算案に賛成しない対応が、国政をまひ状態にしている。国政を立て直し、国民の自由と幸福、憲政秩序を守るためだった」としていた。
国会が、内乱首謀容疑で弾劾訴追。高位公職者犯罪捜査庁・警察の合同捜査本部と大統領警護庁との対決を経て、身柄拘束、逮捕となったが、強気は揺るがない。大統領支持と批判の両デモ隊が繰り出し、与党の国会議員は、「大統領の拘束、逮捕は暴挙だ。法治主義が踏みにじられた」と批判する。世論調査も、一月には与党の支持率が野党を上回った。
左翼系前任の文在寅(ムンジェイン)大統領などに比べれば、検事総長出身の尹大統領は理性的、客観的であると思われていたが、保守系右派には二〇二〇年と二〇二四年の国会議員選挙で、左派政党と中国、北朝鮮が結託した大規模な不正があったという世論がある。尹大統領も、「偽投票用紙が発見されている。選管の電算機が不正侵入に無防備なのに是正努力をしなかった。選管が投票数と投票者数の検証を拒否した」としている。しかし、いずれも確認できず、二〇二〇年の選挙に関しては計百二十六件の訴訟が起こされたが、不正を認める判決は出ていないという。
日本は協調と民主主義の先頭に立とう
陰謀論的な不正選挙話は、トランプ大統領が現職落選した二〇二〇年の米大統領選挙の時にも広がり、議事堂乱入事件につながったが、米韓の現状に共通するようだ。トランプ政権では、ワクチン有害説を唱えていたというロバート・ケネディ・ジュニア氏が厚生長官になり、偽情報をまき散らすインターネット事業者であるX(旧ツイッター)のイーロン・マスク氏は、新設の政府効率化省の責任者の地位につき、官僚の大量解雇に乗り出した。トランプ大統領は、「インターネットの虚偽点検は検閲だ」としているが、ドイツ、オーストリアの大学や研究機関六十団体は今年一月、Xの利用を中止するとの共同声明を出している。
インターネット利用の陰謀論的な情報に従い、独善に走る米韓の指導者と一部世論。その結末は「暗殺」かも知れないが、日本はどう対応すべきか。国際関係においては、直接、対決することは不要だろう。暴走が暴発・爆発につながらぬよう適度になだめることは必要だろう。協調性を重視する文化的伝統に従い、理性的な立場で国際協調と民主主義の先頭に立つ気構えが求められているのではないか。
石破茂首相も、少数与党で苦しい立場にはある。だが、地方の活力創生を「令和の列島改造」と言い、「楽しい日本の実現」と気楽なことを言っている場合ではない。国際協調を守る断固とした姿勢を示す好機だろう。大東亜戦争の敗戦から八十年の決意とも言える。